Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2009年 05月 23日

Departure

1年後、3年後、10年後、そしてその先の遠い将来にわたり、僕はきっとこのページを幾度も振り返ることだろう。徒手空拳で渡ったアメリカ。この地で生きた掛けがいのない時間がつまったこの“今を生きる”を未来永劫幾度も読み返すことだろう。そしてそこでまたThe Wharton Schoolで生きたこの2年の意味を噛みしめることだろう。僕のMBAは“今を生きる”と共に生きた2年だった。

多くの経験をした。限界を越えたワークロードに目が回ることもあった。授業の内容を理解できず絶望の日々を経験することもあった。世界から集まった優秀な人々に圧倒され日々劣等感の中で生きた。そのスピードについてゆくために徹夜して朝まで勉強した日々は記憶に新しい。今でも思い出すだけでゾッとする。でも、もちろんそんな艱難の日々だけではなかった。楽しいことはもっとあった。これまでの人生で一度も考えたことのない新しい世界を多くの授業が僕に教えてくれた。世界から集まった若者たちから生まれるdiversity(多様性)が僕の目線をいつも上げてくれた。どんなに遊ぼうが、どんなに文句を言おうがdeadlineまでには完璧に仕上げてくるWhartonの学生の誇り高きプライドが好きだった。そんな友と朝まで互いの夢や人生を幾度も語ったことは一生忘れない。今、目をつぶるとその一つ一つが走馬灯のように蘇ってくる。僕は、その一つ一つの“今”を必死に大切に生きた。

Master of Business Administration。若者たちはなぜこのMBAに世界から集まるのだろう。もちろんそこには多くの理由が存在する。でも、きっと多くの若人がMBAに対してこんな幻想を抱いているのではないだろうか。

「きっとMBAは自分を変えてくれる」

皆そんな幻想を抱いて世界からこのアメリカの地へやってくるのではないだろうか。でもその現実の結果はどうかな。どれだけの人が本当に自分のことを変えられたのだろう。それもそのはず。たったの2年、十数単位をとっただけで人が変わるのはそもそも難しい。そう、MBAとは魔法のツールでも何でもない。MBAでは人間は変われやしないのさ。

さりながら、MBAは若者たちに特殊な時間と空間を与えてくれるのは事実だ。日常の雑多な仕事から離れ、多様性に囲まれた特殊な空間と時間の中で、若人は人生を悩み、模索し、ひたすらに考える。自分のdream、future、vision、そしてprinciple。2年という時間の中で、若人はそれらを必死に再定義する。その意味で、MBAとはその“悩みぬく時間”を与えてくれることに最大のvalueがあるのかもしれない。その再定義した自らの意思とそのプロセスはきっと人生の中で大きな意味を成すに違いない。もちろん、それは僕自身についても言えることだ。僕はこの2年、学術的に多くのことを学んだけれど、それ以上に自分のことを学ぶことができた。その“自分を学ぶ”ことの中でブログの執筆が大きな役割を果たしてくれたことは言うまでもない。

The Wharton Schoolから合格をもらった瞬間を昨日のことのように覚えている。あの日から書き始めた“今を生きる”というブログの投稿は既に300回を超えた。ブログを書き始めた時は、まさか自分がこんなにも真剣にブログと向かい合うとは思ってもいなかった。まして、自分の思いや気持をpublicに発信するわけだ。それは、日記帳に個人的な日記を書くのとはわけが違う。始めた時は、「今後どうなることやら」と思ったのも事実。でも、嬉しいことに想像を遥かに超えた多くの方がこのブログに訪れてくれた。Wharton内でも冷やかしを交えながらもこのブログのことが時折話題になった。僕は、皆がこの“今を生きる”を読んでくれているという事実が嬉しかった。

このブログには様々な視点を持ち込んだ。経済、教育、政治、そして愛。でもその話題の多くは“日本”に関してのことだった。日本はこのままでいいのか?日本は今後どうなってしまうのか?など日本への僕なりの愚考を述べてきたつもり。愚見ながら、僕は今の日本という国の未来をあまり楽観的にはとらえていない。このままではやがて2流、ひいては3流の国に退化してしまうだろうという危機感が僕の裡にはある。日本は変わらなければならない。経済、教育、政治、その全てにおいて。僕はそのことに対し使命感を持っている。だからこそ何かを訴えたかった。でも、いわんや、僕の力なんぞはゼロに等しい。それでも何かしたかった。だから自分なりの意見をとにもかくにもブログにぶつけることにした。それが“今を生きる”のもう一つの姿でもある。

僕は日本という自分の生まれた国が大好だ。偏屈な愛国主義者ではないが、少なくとも日本の可能性は人一倍買っている。この思いはアメリカに来て更に強くなったのもまた事実。アメリカから見える日本。それは、日本から見える日本とは一味も二味も違って見えた。日本に存在するあらゆるサービスの質の高さを始めとし、アメリカに来て以来、日本の強さを多くの場面で学ぶことができた。無論、日本の弱さも日本にいる頃とはまた違った形で見ることができたのも事実。アメリカでの2年。僕がそこで最も学んだものとはもしかすると“日本”なのかもしれない。

“今を生きる”と共に生きた、僕のMaster of Business Administrationはついに終わった。準備に2年。Wharton で2年。MBAを夢見て10年。長いようで短く。短いようで長く。10年越しの夢はついに達成された。

アメリカでの生活はこれで終わりだ。
この地でやれることは全てやった。
もう思い残すことはない。
僕はもうすぐ帰国する。
そしてまた新しい挑戦が始まる。

最後に、
2年間僕と共に走ってくれたClass of 2009の同志たち。
日本でいつもエールを送ってくれた多くの仲間たち。
“今を生きる”を2年間読んでくれた読者の皆さん。
そしていつも僕を支えてくれた家族。

その全ての人々に感謝したい。
2年間本当にありがとうございました。

Wharton MBA 記 ~Carpe diem - 今を生きる~ は今日で終了する。
今を生きたtwo year journeyは今ここに終決する。
長い間本当にありがとうございました。
皆様と日本でお会いできることを楽しみにしています。

新たな夢に向かい
今こそ出発点
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# by ny_since1999 | 2009-05-23 09:49
2009年 05月 17日

卒業

遂にこの日がきた。

今日、僕はThe Wharton Schoolを卒業した。
そしてMBA candidateからMBAになった。

卒業式。
夢だった黒いマントと帽子。
音楽に合わせて、スタジアムに入場。
様々な思い。

ノーベル平和賞受賞者、ムハメドユヌス。
「人間の想像力に限界はない」
彼の放つ多くの言葉が僕の心に響いた。
大切なメッセージ。

夜。
Japanese Class of 2009がWhartonの学生として最後の集り。
もしかして、こうして皆がそろうのは最後かもしれない。
一人ずつ、それぞれの2年を語る。
笑いあり。
そして、涙もあり。
同じ国を祖国に持つ大切な仲間。
一生忘れない。

明日から、また新しい人生が始まる。
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# by ny_since1999 | 2009-05-17 23:13
2009年 05月 10日

Moët & Chandon

今日は、僕が長い間ずっと大切にしていたものが遂に解禁する日となった。その大切にしていたものとはシャンパンの有名ブランドであるMoët & Chandon。これは、数年前、MBA受験の時に、机を並べMBA合格を夢見て共に勉強した戦友であるNさんから頂いたもの。Nさんは僕より1年先にUNCに合格し、昨年無事Class of 2008としてMBA holderとなった。一年後、僕がWhartonに合格した時に、フィラデルフィアに用事があるとWhartonを訪れてくれた。その時に合格祝いということで持ってきてくれたのがこのMoët & Chandon。大切に持っていたらいつの間にか、2年近く時間だけが経過してしまった。

今日、そのMoët & Chandon遂にが解禁となったわけだ。一つは“卒業”を祝すため。そしてもう一つは卒業後、これから新しい挑戦に僕と共に歩む戦友との契のため。二家族に囲まれたMoët & Chandonは夕食の会話を本当に盛り上げてくれた。

Nさん、
Moët & Chandonはようやく役目を本日終了することとなりました。Nさんとの日本での再会を楽しみにしています。またあの時のように語ろうではありませんか。その時は僕がおいしいシャンパンを。

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# by ny_since1999 | 2009-05-10 23:40
2009年 05月 08日

Vanguard へ

a0100263_1034346.jpg数年前、Vanguard Groupのheadquarterに訪れる機会があった。Vanguardとは、世界最大級の運用会社。その運用資産は優に100兆円を超え、Capital, Fidelityと並び、ミューチュアルファンド界の長である。驚くべきことは、その創立が1975年だということ。たった30年とちょっとで、顧客の口座数は2000万口座に達し、世界最大級会社にまで成長した。創業者の名は、John Bogle。たった一代でこれほどのまでの企業を創り上げた男。言うまでもなく、同氏はアメリカ金融界のドン。数年前、同社に訪れたとき、光栄にもJohn Bogleとお会いすることができた。彼の眼、そして握手した時の手から伝わってきた言葉にならないほどのエネルギーは今でもはっきりと覚えている。

あのVanguardへの訪問は、実は僕にとってもう一つの意味で意味深くもあった。なぜならVanguardが存在するペンシルバニアにはThe Wharton Schoolも存在するからだ。「いつの日かWharton に入学し、もう一度Vanguardに行くことができたなら・・」。あの時、少年はそんなことを夢見ていた。

4年後の今日、その夢が実現。ここでは内容は割愛するけれど、一つ言えるならば、僕が目にしたものは、やはり世界級だった。アドレナリンが全身を駆け巡った1日だったと言えよう。

いつの日かまたこの地へ
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# by ny_since1999 | 2009-05-08 10:29
2009年 05月 04日

belief

今日、Fixed Income の異常とも言える難しいProjectを終え、僕のWharton lifeは幕を閉じた。卒業できるかどうかは、もちろん単位をもらえてからのことだが、きっと大丈夫だろう。10日後、僕は卒業する。

4年前の今ごろだった思う。僕は北京に数日間滞在していた。僕は北京で最も有名だと言われるMBA予備校を通りかかった。その時、その校舎の“前”に屯するテキストを売る闇市の商売人に声をかけられた。どうやら、僕にテキストを売りたかったのだろう。

这个多少钱?(これはいくらだ?)

値切りに値切り、買ったものはGMAT guide book。ついでに、中国人が使う必殺のGMAT問題集も手に入れた(ほとんどが中国語だったためあまり役に立たなかったが)。そこが始まりだった。僕にとっては、闇市で買ったGMAT guidebookが全ての始まりだった。当時はMBAなんぞは遠い夢。ましてWhartonなんぞはその先の夢。

あれから4年。今日、The Wharton Schoolのすべてのカリキュラムが終了した。
今、自信を持って言える。僕の歩んだ4年に間違いはなかったと。


人生とは、旅だ。
右往左往しながら、日々を生きる旅だ。
時には失敗し、時には成功する。
人間は失敗から学び、成功は次の挑戦への切符となる。
何が(どれが)正しい道などは、歩み始めたときは、誰にもわからない。
数百歩、数千歩歩いて初めて、その歩んだ道を評価できる。

だからこそ、歩んでいる時には“将来の約束”など決してありやしない。
必要なもの、それは“belief”。

自分が選んだ道に信念を持ち歩み続けること。それが何よりも大事。

これからの4年。

僕はそのbelief と共に、新たな道を歩みたい。
そのbelief と共に、新たな挑戦に挑みたい。
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# by ny_since1999 | 2009-05-04 23:30
2009年 05月 01日

Survive

Excellence in Teaching
Franklin Allen
Robert Borghese
Brian Bushee
Enrico Diecidue
Thomas Donaldson
Kartik Hosanagar
Asuka Nakahara
Richard Shell

MBA Core Teaching
David Bell
*Alex Edmans
*Sarah Kaplan
*Serguei Netessine
*Jeremy Siegel
*Robert Stine
Mike Useem
*Matthew White
Mauro Guillen
Kartik Hosanagar
Eric Orts
Krishna Ramaswamy
Bob Stine
*David Wessels

2008-2009年のteaching awards が発表された。名前を見るとやはり順当ともいえる教授陣が賞を受賞している。ちなみに、僕は印の付いている教授の授業を受講あるいは参加したことがあるわけだが、やはりteachingの質は皆高い。皆、独特のスタイルを持ち、学生たちを魅了する。彼らの授業は、最初から、最後まで集中力を維持して話を聞くことができることは言うまでもない。個人的にはAlex Edmansに注目している。自分自身、一年生の時にAccelerated Corporate Finance を受講して、彼のTeachingの質の高さに驚愕した学生の一人でもある。更に驚くべきことは、Alexはまだ20代だということ。 若くしてWhartonで教鞭をとり、しかも学生から指示を受けAwardをもらうなんて実に立派なもんだ。個人的にも、昨年のWharton Asia Business Conference (WABC)を通しAlexとは個人的な親交があった。その関係は今でも続いている。ふとした時に見せる彼の仕草はやはりまだ20代の若者。たが、繰り返すけれど彼が教授として皆の前に立った時に彼は豹変する。多くの学生がそのギャップに驚かされるのもまた事実。そんなAlexの今後の活躍に期待したい。

今回のAwardsは教授たちにとって無視はできない賞であることは言うまでもない。それもそのはず。教授たちは自分のAchievement(達成)の蓄積に必死。awardsの蓄積は、もちろんレジメにものるし、それは結果として昇進にもつながる。実は、”教授”と言えど3段構えになっていて、Assistant Professorから始まりAssociate Professorに。そして最後がProfessorになる。皆、そのアカデミズムの階段を上るのに必死なわけだ。ちなみに、上述の20代のAlexは、もちろん現在はAssistant Professor。言わずもがな、本人だってその昇進を常に視野に入れているに違いない。(個人的には本人からもいろいろ聞いているが)。

日本の化石化した大学教授、あるいは大学教育を前提にすると、一見するとアメリカのアカデミズムの世界も非常に保守的な世界に見えてしまう。だが、それは誤り。米国ではむしろその逆。そう、強烈にaggressiveと言えよう。その姿はむしろビジネスと同じだ。あるいは、プロスポーツチームとも言っても過言ではなかろう。プレイヤー達は、自分の成績のアピール必死だし、同じようにチームのマネジメントは常にパフォーマンスの高い選手を探し求めてヘッドハントやスカウトに奔走する。そしてこの構図は、アメリカのアカデミズム界をそっくりそのまま表してる。実際、Whartonでも昨年看板教授が他校へと引き抜かれた。同氏がどこに行ったのかは定かではないけれど、噂によると副学長?的なポジションを得たという。彼の名は、Andrew Metrick。Venture Capital and the Finance of Innovationの著者としても有名な方だ。このように、大学間の熾烈な競争と、教授個人のDesire(願望)が密接に絡み合い、こんにちのアメリカのアカデミズムは姿をなしているわけだ。

先日、興味深いニュースがあった。それは、Nicolaj Siggelkowが教授に昇進したというニュースだ。僕はこの裏には様々な力学が存在していたのではないかと考えている。SiggelkowはWhartonのstrategyの看板教授。僕自身、彼の授業を受講したかったわけだが、生憎それは達成できずに終わってしまった。なぜならば、昨年一年間、彼は休暇を取っていたからだ。それにより僕を含めたClass of 2009の学生には、上述のAndrew Metrickはもちろんのこと、Siggelkowの授業もとれないという悲劇が起こってしまった。これに対し、多くの不満が学生から出たことは言うまでもない。それもあってか、先日、Strategyの特別レクチャーで、Siggelkowが一年ぶりに教鞭にたった。もちろん僕もそのレクチャーはしっかりと見たわけだが、やはりSiggelkowの授業は教え方、質ともに抜き出ている。あっぱれの一言に尽きる。そしてそのレクチャーの最初にアナウンスされたのが、上述の通り、SiggelkowのProfessorへの昇格だ。同氏はまだ30代後半。この若さでのProfessorへの昇格は異例と言えるのではないだろうか。きっと、そこには様々な力学が存在していたに違いない。掻い摘んで言うならば、昇進させることにより、Siggelkowを休暇からWhartonに戻した、あるいは他校からのヘッドハントから守ったのではないだろうか。もちろん、これはあくまで僕の推測の域を出ることはない。これは、休暇を取っていた人間がなぜいきなり昇進するのか?への僕なりの単純な回答だ。

さて、先週水曜日、Wharton Financeのドン中のドンであるFranklin Allen(無論、彼は上記のように、今年もExcellence in Teachingを受賞している)と光栄にもランチを食べることができた。様々な話をすることができたけれど、Allenの僕の質問に対する一言が印象的だった。

What is the next challenge of Wharton?

"Survive"



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# by ny_since1999 | 2009-05-01 23:20
2009年 04月 29日

My Wharton two years

昨日をもって、二年間に及んだWharton Schoolの授業がすべて終了した。ここに僕の歩んだ2年間の軌跡を記す。残すは、NegotiationとFinxed Incomeの課題を提出して全てが終了する。

人生はこの先長い。ただ、これほどまでにdiversity(多様性)の存在する環境下、これほどまでのdiverse(多様な)事を勉強することはきっと僕の人生にはもうないだろう。そんなWharton Schoolに心から感謝したい。`


Fall 2007 WHARTON GRADUATE
ACCT 621 FDMTLS OF FIN ACCOUNTING
ACCT 622 FDMTLS OF MNGL ACCT I
FNCE 621 ACCELERATED CORP FINANCE
LGST 652 ETHICS AND RESPONSIBILIT
MGEC 621 MANAGERIAL ECONOMICS
MGMT 621 MGMT OF PEOPLE AT WRK
MGMT 654 COMPETITIVE STRATEGY
MKTG 621 MKTG MGMT PROG DESIGN
OPIM 621 DECISON MDLS&UNCRTNTY
STAT 621 STAT TECHNIQUES FOR MGRS
WHCP 653 MANAGEMENT COMMUNICATION

Spring 2008 WHARTON GRADUATE
BPUB 621 GOVT/LEGAL ENVIRONMENT
FNCE 602 MACROECN & GLOBAL ECONOM
FNCE 726 ADVANCED CORP FINANCE
MGMT 652 FOUNDATIONS OF TEAMWORK
MGMT655 GLOBAL STRATEGIC MGMT
MGMT801 ENTREPRENEURSHIP
MKTG 622 MKTG MGMT STRATEGY
OPIM 631 OP MGMT: QUALITY & PROD
OPIM 632 OP MGMT: SPPLY CHAIN MGT

Summer 2008 WHARTON GRADUATE
MGMT 891 ADVANCED STUDY-SMGT

Fall 2008 WHARTON GRADUATE
FNCE 720 INVESTMENT MANAGEMENT
FNCE 728 CORPORATE VALUATION
FNCE 750 VENT CAP & FNCE INNOVAT
MGMT 701 Strategic and Competitive Advantage
MGMT 721 CORP DEV: MERG & ACQUIS
MKTG 753 NEW PRODUCT MANAGEMENT
MKTG 755 ADVERTISING MANAGEMENT
WHCP 893 WRITING FOR BUSINESS: WRITING FOR BUSINESS AUDIENCES

Spring 2009 WHARTON GRADUATE
CHIN 212 INTERMED MOD CHINESE II
FNCE 725 FIXED INCOME SECURITIES
MGMT 691 NEGOTIATIONS
MGMT 751 STRAT MGMT OF HUM ASSETS
MGMT 816 BLDG. HUM ASSETS
MGMT 652 CORP. GOVERNENCE EXEC
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# by ny_since1999 | 2009-04-29 22:40
2009年 04月 28日

中国語終了

今日、中国語の授業が終了した。およそ半年に渡り、ほぼ毎日繰り広げられた授業がついに終わってしまった。また一つ、学生生活の一ページが幕を閉じた。20歳前後の若者たちと毎日机を並べ、中国語を学ぶという環境は何よりも自分には新しい環境であったけれど、僕はその環境を毎日ものすごく楽しんでいたのもまた事実。おかげ様で僕の中国語も随分と上達した。それは自信をもって言える。毎日僕を指導してくれたYang老师にはこの場を借りて感謝したい。

この半年間、授業を受けていた時に幾度も思ったことがある。それは日本の英語教育との根本的な違いだ。ご存じ、日本の英語教育では文法が重視される。一所懸命単語と文法を覚えてテストに備える。使えない英語を切磋琢磨して学ぶ日本の教育は、もはや奇妙としか言えない。一方、僕の受講した中国語のクラスでは文法などほとんど学ばない。もちろん新しい単語や、新しい表現は毎日覚えるわけだが、その目的はあくまでスピーキングの強化にある。毎日の授業ではひたすら話すことが課された。事実、クラスメイトの若者たちの中国語は驚くほどに上手い。悲しい事実だが、僕の中国語が最も下手なのは、きっと最後まで変わらなかった。悔しいけれど、それだけに皆上手に話す。

何はともあれ、せっかくここまで時間を費やして勉強した中国語だ。

これを“終わり”にはせず“始まり”に。
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# by ny_since1999 | 2009-04-28 23:39
2009年 04月 26日

素敵な週末

Saturday
1年生が、僕たち2年生のために送別会を開いてくれた。その際、2年生の多くが同じことを口にしていた。「昨年class of 2008の送別会を開いたのがつい先日のようだ」と。そう、気づけば、今度は僕たちClass of 2009が卒業へ。あっという間の一年だった。時がたつのは本当にはやいものよ。その一言に尽きる。

1年生の皆さん、素敵な送別会を企画してくださり本当にありがとうございました。夏に日本へ帰国されるときには必ず僕にお声掛けください。

Sunday
郊外にある1年生のUさん宅でBBQパーティー。当日は気温も30度を超え、最高の青空に恵まれた。広大な土地、青い空、眩しすぎる太陽、そして生きた緑。あんなにも自然を感じることができたのは本当に久方ぶりだ。これまでのアメリカでの2年間は勉強ばかりだったけれど、卒業目前にしてアメリカのもう一つの顔を、レジャーを通し初めて見たような気がした。

子供のように無邪気になって遊ぶ感覚。
ずっと忘れないでいたい。

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# by ny_since1999 | 2009-04-26 23:06
2009年 04月 24日

ブロガーの集い

ブログをというものを書き始めて早2年。自分が書いた記事に対して多くの人から直接・間接に意見をもらえるようになった。たかがブログ、されどブログ。ブログの波及効果は、決して小さくはない。それを思い知らされた2年でもあった。ブログにより、自分の意見や思いが自分以外の様々な人間に届く。それは書き手の自分にとっては一つの挑戦でもあるけれど、多くの読者から様々な意見をもらえることは本当にうれしいこと。

一方、僕はブログを読みながらも、いつの間にか他の人のブログを読むようにもなっていた。なぜならそこには、僕の知らないvalueが存在するからだ。くしくも、同じUpennというコミュニティーの中でも、多くのブロガーが存在する。その中でも僕がよく目を通すのはこの二人だ。

Whartonの一年生でJapan clubのpresidentでもあるShingoさん
珈琲男のWharton留学記

デザインスクールに通う、日本期待の星Naoちゃん。
デザイン留学のにっき

ひょんなことから昨日はその二人と夜な夜なあつまり3人で夜遅くまで語ることになった。二人に共通していること。それは”自分”を持っていること。そんな二人と語る夜は僕にとって何よりの“value”となったことは言うまでもない。
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たかがブログ、されどブログ。
自分の勝手なる思いが世界の不特定多数の人間に届いてしまうシステム。
10年前は想像もできなかった"information"の新しい形だ。

「ブログっていろんな機能を秘めている」。
そんなことをマジマジと考えた夜でもあった。
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# by ny_since1999 | 2009-04-24 21:49
2009年 04月 20日

至福の時

最近僕は朝のトアル時間が好きでたまらない。朝早く起きて、学校にも早く登校する。スターバックスでコーヒーを買い、いつもきまって同じ場所に向かう。それはFisher Libraryという図書館。

キャンパスのはずれにある図書館で、外れにあるせいか、いつも人は少ない。だが、建物自体はものすごく立派。さらに内装も御洒落で歴史を感じさせる。

朝自分がそこに着くと、自分はいつも一番か二番。広い空間を占拠して、一人でコーヒーを飲んでいる時が最近の僕の至福の時。

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今朝撮った写真。いつものように図書館を占拠。
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# by ny_since1999 | 2009-04-20 22:18
2009年 04月 16日

人才流入

人材外流(レンツァイワイリウ)。“人材の国外への流出”を意味する中国語。これは最近中国語のクラスに登場してきた生词(新しい単語)だ。テキストによると、現在中国では優秀な人材が留学などを通し、国外へ流出していることが国内の人材の競争力低下を招き、結果的として国家的問題となっているという。中国政府は人材の流出を防ぐべく、国民の留学に規制を設けるべきか否かを国家戦略的に考慮せざるを得ない状態というのが教科書の主な話だ。テキストが古いため、この話自体は決して真新しい話ではない。だが、今でもこうした“人材外流”の潮流は加速しており、中国人留学生の数は統計的に増加の一途をたどっている。このことは、決して中国特有の現象ではない。いわんや、日本も同じような境遇にある。技術者、芸術家、スポーツ選手などの優秀な人材は、様々な規制、様々なしがらみが跋扈する日本を離れ、皆新たな土地を目指す。その行く先はアメリカだ。

サブプライムを発端とした世界的なクライシスが、アメリカ経済の秩序を大きく乱したことは記憶に新しい。その炎は一見すると鎮火に向かいつつあるように思えるも、一歩先は闇。いつなんどきback-draft(炎の逆流)が起こるかは、正直予測は極めて難しい。アメリカ政府は経済に再び炎を灯すべく前代見門の財政政策に奔走。倒産寸前の企業への救済処置も歴史的水準に達した。新しい政権が生まれ、未来の光に期待が集まるも、こんにち多くのアメリカ国民がかつてない生活の不安に襲われていることは紛れもない事実。現実として失業率も大幅に増加した。そんな現実を目にし、アメリカ型新自由主義の崩壊を謳う経済学者は後を絶たない。

だが、賭けてもいい。きっとアメリカという国は、今後も世界をリードし続ける国であるに違いない。貧富の差の拡大、失業率の上昇、ヘルスケアの問題等、アメリカに内在する問題は枚挙にいとまがない事は事実だが、それでもアメリカは21世紀をリードする大国であり続けるだろう。なぜならばアメリカには決定的な強みが存在するからだ。それは“教育”だ。

下記をご覧いただこう。
世界大学ランキング
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MBAランキング
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上記を見て明らかなように、アメリカの教育は世界の最先端を歩いている。世界の最高レベルの教育機関はほとんどがアメリカに集まっている。言わずもがな、学生たちは世界各国から最先端、最高レベルの教育機関を目指しアメリカに集まってくる。世界のブレインが米国に集まっているのは紛れもない事実なのだ。かくして、世界から集結した学生たちは、優秀であればあるほど、米国に残る可能性が高い。優秀な学生たちは、皆卒業後、米国の企業や研究機関に就職してゆく。数年たてばグリーンカード(永住権)、更には市民権も与えられる。優秀な人間はやがてアメリカ人になる。アメリカは、そうやってこんにちまで成長してきた超多国籍国家なのだ。

アメリカは、法律面や資金獲得の面で、能力のある人間が起業しやすい環境であることは周知の事実。ロシアからきた若者がスタンフォードの博士課程を休学してGoogleを立ち上げたのは一つの象徴的な例と言えよう。世界から集まった能力ある人間たちが激しい競争を繰り広げる国アメリカ。結果的にその競争は更なるレベルの向上を実現する。そしてそのレベルの上昇は、また世界の多くの人間を魅了する。この好循環がアメリカに存在する限り、アメリカは大国アメリカであり続ける。

ここで一つ、我がWharton Schoolの学生にフォーカスを当ててみたい。実のところ、Whartonの学生にはアジア系の学生が多い(正確なデータが手元にないためこれはあくまで僕の経験と主観)。アジアから来た留学生はもちろんこと、アメリカで生まれ、アメリカの国籍を持ちながらも、身体はアジア人という学生が多く存在する。アメリカの人口が3億人で、その中でアジア系の人口が1500万人だという事実を踏まえると、Whartonでのアジア人の奮闘は目を見張るものがある。アジア人の勤勉さは決して侮ってはいけない。

となると、自然にこんな発想が僕の内から生まれてくる。

“Asia流MBAの創設”

これは、世界舞台に人材を多く輩出するそのアジアにそもそも最高の教育機関を作っては?そしてアメリカのように世界から人が集まる仕組み作っては?という発想だ。(無論、MBAが良いかどうかは議論があるところだが、以下はMBAを前提に議論を展開したい)。知る人も多いと思うが、実際、中国ではCeibsという学校が、アジアのグローバルリーダーの育成を目指して創設された。CeibsとはChina Europe International Business School(中欧国際工商学院)の略語で、現在アジアで最も注目をあびているビジネススクールだ。上記のMBA世界ランキングでも、近年破竹の勢いでランクを上げ、2009年では世界9位にまで上り詰めた。(ちなみに、日本でも慶応、早稲田、一橋、グロービスなどを通しMBAも少しずつ普及してきてはいるが、これらの学校が世界のトップ100に一校も入っていないように、日本のMBAは世界から全く相手にもされていない)。アジアで生まれたCeibsの世界でのプレゼンスの上昇は注目に値するが、果たしてCeibsが“アジアで生まれた”ことをどこまで強調できているのかは疑問が残る。これは、日本のビジネススクールにも言えることだが、基本的には多くのアジアのMBA schoolはアメリカのMBA schoolの真似をしているにすぎない。そこでは同じようなスタイルで、同じようなフレイムワークを学ぶ。ご存じ、MBAとはそもそもアメリカで生まれたeducation。後追い型のスタイルを続ける限り、本流のアメリカの大学のレベルを超えることはできないと思う。ではそうするか?そこで考えてみたいのが、以下で僕が提案する“Asia MBA”のschemeだ。

僕の提案するAsia MBAは以下の要素によって成り立っている。

第一に、低授業料を実現する。現在、アメリカのトップスクールのMBAは、授業料や教科書の費用だけでも2年間で1000~1300万円はする。そこに加えて、2年間の生活費で数百万円。更に、“働かない”という機会コストとして、同じく大きなコストがかかる。となると、MBAの2年間は総額で3000万円位の投資になると言っても決して過言ではない。卒業後、投資銀行に就職して大きなお金を稼ぐ人ならまだしも、一般人にそれだけの額を支払うことは決して簡単ではない。僕のスキームはこうだ。まず授業料に関して、AプランとBプランを作る。Aプランは従来通りの授業料を支払ってもらう。Bプランでは、授業料を徹底的に安くし、キャンパスに学生寮を建設するなどし、生活費の援助を徹底的に行う。そうすることにより、金銭的なハードルを一気に取り除く。そうすることにより、金銭的な問題がネックとなり踏み出せなかった多くの人材に新しい“機会”与えることができる。無論Bプランでは以下に説明されるように一つ条件が課される。

第二に、Asia MBAにより、アジアの企業と国、産業と政府を巻き込んだ、地域戦略的な教育機関を創設する。そして、資金に関しては、企業と国に十分に支援してもらう。もちろん、その支援母体は十分に精査される必要があることは言うまでもない。上記の続きだが、低授業料を実現するには、大学の運営のために、外部からの金銭的な支援が必ず必要になる。まして質の高い授業を実現するには、優れた教授陣あるいは研究機関が必要になる。となれば、そうしたコストも膨大な額にのぼるだろう。そこを企業と国に支援してもらうわけだ。ヨーロッパにはエアバスという航空機製造企業があるが、当企業は、産業と政府の支援を受け戦略的に誕生した。その意味で、エアバスのスキームは、僕のスキームに構造上は近い。上述の通り、Bプランを選択した学生は一つの条件を課されることになる。学生には卒業後アジア企業への就職を義務付ける。また、支援企業に対しては、優先的にドラフト会議の権利(人材を指名する権利)が与えられる。もちろんこれらのシステムに不服がある場合は、途中でもAプランに変更し全ての費用を独自に賄ってもらえば、それで話がつく。後腐れは一切ない。こうすることにより、莫大な費用がハードルになっていた多くの若者たちに、機会を提供することができると同時に、アジアからの人材の流出を防ぐことができる。

第三に、支援国家としては、第一弾として日本と中国と韓国が主導して学校をつくる。キャンパスは、それぞれの国に一つ作る。これは同じブランドでシンガポールとフランスにキャンパスをもつ世界のトップ校INSEADに構造は近い。無論授業は英語で展開される。学期は、2年で3学期制にする。つまり一学期は8ヶ月。そしてそれぞれの学期を日本、中国、韓国で過ごす。もともと寮生活を前提にしているので、移動コストはそこまで大きくはない。アジアMBAのコースの中にはアジア言語の習得を組み込む。学生たちは、ファイナンス、マネジメント、ストラテジーなどのコア科目と共に、それぞれの国の文化と現地の言語を学ぶ。授業には、常に生の題材を持ちこめるよう、アジアの多くの企業に情報やケースの題材を提供してもらう。日本ならトヨタ、韓国ならサムスン、中国ならシノペックなど。無論、他にもアジアには多くの企業が存在する。

僕のスキームでの最大の狙いは、学生の人材の流出防止と共に“アジアの連携”にある。学生たちが、アジアの国々のそれぞれの文化を学ぶことにより、結果として国家間の多くのしがらみを取り除くことができる。こんにち、アジアの国々、とりわけ中国、韓国、日本の間では過去の戦争の問題が前進への大きな障壁になっていることは周知の事実。“歴史は人が作る”というが、正にそれは本当で、それぞれの国は自国の論理に基づき戦争の問題を若者たちに教育している。結果として、それぞれの国が皆バラバラな発言をするようになり、もちろんそういった教育を受けた若者は、歴史に対して全く異なった見方をすることになる。読者の皆さんも経験したように、日本の教育では日本の軍国主義のことなどほとんど学ぶことはない。一方、中国では江澤民以降、過激な戦争教育が進められた。結果的に、戦後60年以上たったこんにちでも、多くの中国人が日本人は悪魔だと思っているのは事実。そしてこのことは韓国人が内心で日本人に対して思っていることと同じでもある。60年以上たって、しかもこれほどに地理的に近接している国々が、いつまでこのような愚かなことを続けるのだろ。今、アジアは前を見なければならない。戦後ヨーロッパが50年かけてEUを実現したように、アジアも前へと歩まなければならない。ただし、多くの力学が存在するこの問題は政治だけでは決して解決はしないだろう。それは、60年たった今でも解決しなかったこの事実そのものが解決の難しさを物語っている。では解決には何が必要か?

僕は、Asia MBAが解決の一つだと踏んでいる。Asia MBAと聞くと安く聞こえてしまうことは否定しないが、要は“教育”という観点からの解決だ。Asia MBAでは、日本人は、プログラムを通じて中国と韓国に行きそこで生活し現地の文化と言語を学ぶ。韓国人、中国人にも同様に日本のキャンパスに来て、日本の教育を日本で感じてもらう。無論、学生は中国人、韓国人、日本人以外にも、多くの国から募集する。更に、アジアMBAには、“アジアの前進”という授業を設ける。内容は、それぞれの国の歴史感を学びながらも、それだけでは感情論に突入するので、最後のチームプロジェクトでは、「60年も解決しなかった戦争問題を解決するためには、どういった手法がとられるべきか?」を課す。チームは必ず多国籍の編成にする。このようなシステムを設けることで、透明性の高い前向きな思考を学生たちに促すことができる。そして結果として、歴史への固執は無意味だということを学生たちに気づかせることができる。こんにち、ビジネス、歴史、多国籍を同時に組み入れたプログラムを実現している教育プログラムは僕の知る限り存在しない。まして、多くのMBAschoolは歴史のないアメリカ型のMBAを真似ているだけなら、歴史との融合が存在しないのは言うまでもないこと。

第四に、いずれはインドキャンパス、ベトナムキャンパスなどを併設する。そこでも上述と同じように、その国の言語と文化を学ぶことを学生たちに課す。学生たちは、ネットワークの中から3カ国を選択し、Asia MBAプログラムを受講する。学生たちには、アジアを一つとして考える機会を与える。そしてその連続は、卒業生の増加と伴いアジアの距離を確実に近くする。そして、偏ったナショナリズムを克服し、それぞれの文化と歴史を尊重できるグローバルリーダーたちがアジアに生まれることにより、そのアジアの岩盤は強化される。このことは、経済という軸をもって融合が実現されたEUとは一味も二味も異なる進化となる。Asia MBAは、教育という軸をもって国家間のつながりを強化するという新しい試みとなる。

1903年、岡倉天心はこう言っている。「やがてアジアは一つに」。それが実現に。

僕の構想は以上となる。随分と空想じみた話をしてしまったようだ。でも僕は利害関係の最も少ない“教育”というパイプを通じたアジアの協調こそが結果的に大きな飛躍を生むと確信している。アジアならではの悠久の歴史があるからこそ実現できる教育が必ずそこには存在する。そこから生まれる最高水準の教育は、やがて世界へと挑戦する。そしてその時、世界のリーダーたちはアジアの教育に目を向けることになる。その時、人才外流は終止符を打ち、人才流入(レンツァイリウルー)が始まる。
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# by ny_since1999 | 2009-04-16 11:01
2009年 04月 14日

最近の生活

4月に入ってからは、できる限り多くの人とランチ、あるいはディナーに出かけている。僕たち2年生にはもう残された時間はない。卒業までの残された時間を互いに意識しながら、必死に語る。そんな日々がここ最近の僕の生活。

きっと、僕は今後二度と“これほどの”diversity(多様性)を経験することはないだろう。世界の国々から集まった仲間たち。それぞれまったく異なった人生を歩んできた仲間たち。でも今、僕たちはWhartonという名を通し一つになっている。もはやこれは奇跡に等しい。

昨日も、夜遅くまで親友のBと語った。それぞれの2年間を振り返った。この2年で得た最も価値のあるものは何か?二人とも同じ答えを持っていた。それは”友”。最後に一つ嬉しいことを言ってくれた。「結婚式には、お前を呼びたい」と。何気ない一言だったけど、印象に残る嬉しい一言だった。きっと、僕はその約束を何があっても守るだろう。
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# by ny_since1999 | 2009-04-14 23:31
2009年 04月 13日

雑感

Wharton生活最後の試験もいよいよ始まる。つい先日、日本の帰り航空券を手配した。引っ越しの準備も少しずつ始めた。引っ越し業者にもすでに依頼した。「あぁ、もう終わるんだな・・・」。最近は図書館で勉強しているときにいつも天井を見上げながらそう思っている自分がいる。そう、もう終わるんだ。

残すは一ヶ月。

駆け抜けよう。 
駆け抜けよう。
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# by ny_since1999 | 2009-04-13 23:26
2009年 04月 11日

Japan Night 2009 ~Feel Japan Festival~

日本を世界の人々に知ってもらうために、Japan Night 2009を企画。
スポンサーもつけることに成功し、大々的に開催する。
これが、class of 2009にとっては、卒業前の最後のイベントになる。

当日は、空手、ソーラン節、和太鼓などのパフォーマンスに加え、様々な日本食も日本人オーガナイザーによってふるまわれる。盛り上がることを期待!

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Dear fans of Japan,

Wharton Japan Club cordially invites you to the JAPAN NIGHT 2009, coming up on April 17th (Friday).

Save the date, flag this e-mail, and make the space in your stomach for Japanese dishes.Don’t miss this chance to FEEL JAPAN!

WHEN :April,17th 6:00pm-9:00pm


WHERE :Houston Hall, Hall of Flags (3417 Spruce street)
http://www.facilities.upenn.edu/mapsBldgs/view_map.php3?id=102


FEE :Prepaid Fee : $15 (*buy prepaid from below URL, free for children under 12)
https://masanori-kasai.ticketleap.com/buy-tickets/parties/japan-night-2009/philadelphia/D25EE240-57E0-431B-9207-5ED2F195138
:At door Fee : $20 (*Free for children under 12)


WHAT :Japanese food & Drinks, Karate, Japanese drum, Traditional Dance


We are looking forward to seeing you in Japan Night 2009!
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Wharton Japan Club
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# by ny_since1999 | 2009-04-11 04:27