Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2008年 04月 05日

隣の幼稚園

僕の家の隣には、二つの幼稚園が隣接している。「なぜ二つ?」と考えるのは自然な流れだろう。では、実際になぜ二つの幼稚園が存在しているのか?そこには、アメリカ社会の現実が如実に現れている。一つの幼稚園には、白人とアジア系の子供たちが。そして一方には黒人の子供たちが通っている。

そう、これが現実。

1963年にリンカーン記念堂の前でking牧師が“I have a dream”を演説してからおよそ半世紀が流れた。当時に比べれば、人種の違いから生じる“壁”は格段に低くなったに違いない。だが、時がいくら経過しても未だに消えない壁は、身近なところで多く存在している。 

思えば、ウォートンの学生にも黒人の数は極めて少ない。もちろんゼロではないが、黒人の多くは、アフリカ大陸からやってきている国を背負って立つ超エリート。正確なことはいえないが、僕の知る限りアメリカ人の黒人の数は極めて少ない。そう、アメリカ社会が一握りの白人に支配されているという見方は極論ではあるが、決して100%間違っているとはいえないことが、このことからもわかる。

先日、近くの薬局に買い物に行った。店員は全員が黒人。彼らの態度は最悪だ。日本人のサービスに慣れている僕だからかもしれないが、どう割り引いても彼らの態度を理解することはできない。それほどに酷く、それほどにやる気がない。驚くことに、アメリカ人の多くは(あくまで僕の経験上)、そのサービスの悪さをそこまで気にしない。それはなぜか?
そう、それが“あたりまえ”だと思っているからだ。黒人のサービスが悪いということを当たり前だと思っているからだ。“黒人だからしかたない”そういう考えが、少なからずそこにはある。そう、この国には明らかにそこに“貧富の差”が存在している。

話を戻そう、僕の隣に存在する二つの幼稚園にはそれなりの背景も存在する。一つは、先生の質は悪いが料金は安い。一方、料金は高いが、先生はそれなり。収入の低い家庭は、必然的に子供を前者へ。収入が高い家庭は子供を後者へと。その結果が、子供たちの人種の違いという形で如実に現れているのだ。収入の低い黒人は、質の低い教育を、収入の高い白人は質の高い教育を受けさせる。結局、家庭や学校で質の低い教育しか受けられない子供たちは、やがてそのまま社会に出てゆく。そして子供たちは、いつしか親になってゆく。一方、子供の頃から、それなりの教育を受けてきた人たちは、社会の上昇気流の中に乗り、大学を卒業し、上手くいけばMBAでも取得し、スパーエリートになってゆく。この社会の構造が存在する限り、きっと10年後も、20年後もきっと、僕の住むアパートの隣にある二つの幼稚園の姿は何も変わらないだろう。 そう、白人の幼稚園、黒人の幼稚園はきっと存在するに違いない。

アメリカという国は、本当に不思議な国だ。この国は、多くの可能性と多くの矛盾が存在している。それでも、この国は世界のリーダーとして走り続けている。

僕のアメリカでの滞在期間は、残すところおよそ1年。僕が、この国から学べることは、まだまだ多く存在しているに違いない。
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by ny_since1999 | 2008-04-05 20:11


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