2009年 01月 15日

ウォーターをワーターへ

新学期。また新しい学生生活が始まった。この期は全ての科目にそれぞれ思い入れがあるため、今まで以上に力も入る。大切なのは、表面的な成績をよりも、何を学び、どれだけ自分のものにできるか。そしてそれらを社会に戻った時に如何に爆発させられるか。その一言に尽きる。

最もチャレンジングな授業は中国語だ。以前も書いたけど、これはWhartonのクラスではなく、University Pennsylvaniaが運営する大学生向けの授業で、月曜から木曜まで毎日一時間ある。そのクラスがいよいよ始まった。

クラスの人数は12名。多国籍の学生がそこには集まっていた。メキシコ、イスラエル、アメリカ、イギリス、etc, アジア人がむしろ少ないくらいだ。案の定、MBAの学生はたったの二人。他は皆大学生。つまり二十歳前後の若者たちだ。そんな中にいると自分が随分と年をとっていることに気づかされる。つい最近まで二十歳だと思っていたが、どうやらそれは僕の錯覚のようだ。

クラスでは、この教科書を使用している。内容は決して易しくはなく、、中国の離婚問題から女性の社会進出にまで及ぶ。相当に予習をしていかないと、正にチンプンカンプンだ。そんなクラスでは、英語での発言は基本的に許されていない。授業の90%が中国語で行われる。意見も、質問も全て中国語で行わなければならない。多国籍から成るそのクラスは、毎日一時間、中国語という言語で一つになっている。言語を学ぶ時は、やはり話すことが一番大切。言語を学ぶ時は、恋人を作るのが一番というのはあながち間違ってはいない。

そんなクラスを受けてみて、ふと、日本の英語教育を思い出した。一生懸命、文法を覚え、単語を覚え、テストの点数で偏差値を競い合う。滑稽だが、それでも英語を話せる生徒など一人もいなかった。少なくとも僕の周りには。それもそうだ、英語を教えている先生が英語を話せないのだから。

最近、こんな日本の記事を見た。“話せる英語教育。クラスでは、話すことを目的とした授業を。そのためにも、教師のスピーキング力を強化する必要性あり”。これは、恐ろしいことを露呈している。英語教師が英語を話せないで英語教師をしているのは日本くらいだ。

明治時代活躍した中濱 万次郎(別名:ジョン万次郎)は、アメリカで英語を学ぶ。教科書、辞書もなかった時代。彼は、自らの耳と目と鼻、そして”口”で英語を学んだ。彼が日本に通訳として戻ったとき、彼は自らが作成したノートを持ち帰ったそうな。そここには、こんなことが書いてあったそうな。

水:ワーター

こんにちの日本の英語教育。水は決して”ワーター”とは学ばない。そう、僕たちは”ウォーター”として学んだ。もちろん、ネイティブスピーカーに聞かせれば、ワーターの方がwaterに近いことは言うまでもない。ウォーター。War ter.. 戦争 ?? といった感じだろう。我が日本国では、いつからワーターがウォーターになったのだろう。そして、そんな英語を必死にカリカリ受験で学ばせる国、日本。“先生が英語を話せなくてはならない”ということに21世紀になりようやく気付いた日本。なんかおかしくないか?

しゃべれなくてもいい。何か言え。文法はあとからついてくる。とにかく思ったことを口にしろ。まだ始まったばかりだけど、そんな言語教育をアメリカで受けてみて、日本の教育との大きな、大きな差を感じた。

最後に、ここに最初のクラスで行った1分自己紹介を。卒業する5月までに、どこまで僕は進歩するかを期待していてください。

你们好。我叫○○○○,很高兴认识你们。
我是wharton MBA二年级的学生。
我是日本人,是从东京来的。
我来美国以前,我在东京的○○公司工作了6年。
我对学习中文特别有兴趣。因为三四年以后,我的○○想在中国开新○○。
那个时候,如果我会用中文交流,我会有更多机会。

关于我的寒假生活,我过得很愉快。我和我的家人去了墨西哥,在那里呆了七天。我很喜欢墨西哥菜。我们去了海边游泳。我恨开兴。我希望我可以再去那儿。谢谢你们!
[PR]

by ny_since1999 | 2009-01-15 23:33


<< President      Start >>