Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2009年 01月 27日

Power of Blood

人間の歴史は“血”の歴史。人類は数千年もの間、戦争を繰り返してきた。時には奪い、時には奪われ、人間は戦うことをやめようとはしなかった。その戦から生まれた血は大河となし歴史を滔々と流れていることは言うまでもない。イスラエルとパレスチナの戦いを始め、こんにちでも世界のどこかで“血”が流れている。人間とはなんて愚かな生き物だろう。

人類の歴史は“血”を“守る”歴史だったとも言える。“血”すなわちDNAを守るために、王位は同じ一族にのみ継承された。これは世界の歴史を見れば明らか。もちろん我が祖国、日本も例外ではない。徳川300年の歴史がその“血”の継承を如実に表わしている。

この“血”の継承は、世界の多くの企業でも実行されてきた。そして我々はそれを世襲経営と呼ぶ。言わんや、日本にも世襲経営は歴史的に当たり前に存在した。むしろそれが主流だったと言える。父親の跡は長男が継ぐ。誰もが認める暗黙のルールだった。

だがそんな世襲経営は時として牙をむく。例えば、ダイエーの創業者中内功氏の話は知る人も多いだろう。同氏は、世間の批判を浴びながらも世襲を実行した。案の定、独裁の中内氏にあきれ、皆優秀な人間はダイエーを去った。そしてダイエーは沈没した。このことは、西武グループの堤家が歩んだ道を見ても明らかだろう。日本には世襲を実行し滅んでいった企業は決して少なくはない。このことは、僕の視点からすれば当たり前と言える。“血”を理由だけにトップに立たれては、いかにしてそれを受け入れればいいのだろう。もちろんそれを僕には受け入れることはできない。

一方、キャノンの御手洗冨士夫氏のように、世襲と言われながらも驚くほどの結果を示し、日本を代表する経営者になった人物がいることも忘れてはならない。僕も同氏の話を何度か聞いたことがあるが、御手洗氏は僕の尊敬する経営者の一人でもある。飾らず、謙虚、それでいて頭脳明晰。キャノンが成功したのは、彼の経営者としての能力の高さが大きく貢献してたことは否定できない事実。もちろん、彼自身の中に、創業者への忠誠心があり、そのことが彼を誰よりも鼓舞させ、誰よりも努力し、今の結果を生んだのならば、世襲ということを完全否定することも正しいとは言えない。好業績を見てきっと世の中の人はこう言うだろう、「キャノンの成功は、御手洗一族の力があったからこそここまで成長できた」と。所詮、世の中の意見など、日和見にすぎない。

今年に入り、一つの人事が発表された。世界のTOYOTAが選んだ決断は、豊田章男氏の社長への起用だ。トヨタは14年ぶりに豊田家に王冠を渡した。僕は、この人事の背景にある様々なストーリーに興味がわいてやまない。なぜ世界のTOYOTAがまた世襲の道を選んだのか?新聞では、こんなことが書いてある。「今回の人事で、一族をトップに置くことで、社内の団結力を高めるのが狙いか?」。僕は、そのメディアの意見にはいつも違和感を覚える。なぜならこのご時世、一族の復帰で社内の団結力、結束力が高まるなんてことが本当に起きえると到底思えないからだ。バックの豊田家(とりわけ名誉会長の力)が効いているという話はあるものの、あれだけの若さで章男がトップについたことの真意は決して表面的なことではないように思える。

企業としての格も質も規模も異なりはするが、かつて、三洋電機も同じような決断を経験している。会社が大きな損失を出し、その会社を立て直すために、創業家の井植敏雅氏を社長に置いた。その時、敏雅氏はなんと40代前半の若さだった。「若いエネルギー、そして創業家回帰による団結力の向上」。僕は、敏雅氏とお会いし直接話をしたことがある。同氏に対する評価は様々あるが、僕自身は極めて実直で誠実な印象を受けた。だが案の定、女神は、彼にはほほ笑みはしなかった。CEOの野中氏と一緒に勢いよく船出したのはいいものの、およそ一年で退陣。三洋に復活はなかった。昨年、三洋電機はパナソニックによる買収が決まった。

根源的な疑問だ。世襲とは一体何なのだろう。世界のTOYOTAは、世の中に世襲と言われることを知りつつも若い章男氏をトップに置くことを決断した。もちろん、そこに世の名の批判を覆すだけのバリューがあるという考えのもとだろう。であるならば、そのバリューとは何か。

世界のTOYOTA、いずこへ。
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by ny_since1999 | 2009-01-27 23:25


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