Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2007年 06月 30日

アメリカよ あめりかよ

米国に来て数日が経過した。携帯、インターネット、新しいアパートetc、必要なものは徐々にそろってきたといえる。一時はどうなることかと思ったかが、少しずつ、だが確実に、先は明るくなっている。Sunriseは近い。

この数日、僕は世界を睥睨する“アメリカ”という国を、身をもって体験した。そこには、今を生きる“アメリカ”の真の姿を垣間見ることができたように思える。この国は、世界経済の最先端を走る国としての“顔”がある一方で、全く逆局の側面、すなわち、アメリカには想像以上の非合理、非効率な部分が跋扈している。それらは決して日本では見ることのできない点でもある。この国に来て心底思えることは、月並みだが“日本は本当に素晴らしい国だ”ということ。レストランでの顧客応対、商品の質と信頼性、そしてあらゆる点での利便性。これらの点全てにおいて日本が上回っていることは明らか。外から見るアメリカ、内から見えるアメリカ。その二つには大きなギャップが存在することは否定できない事実なのだ。

しかし、ひとつだけ日本に決定的にかけているものが顕著にある。それは“活力”。そう、ここアメリカにはその“活力”がある。繰り替えすがアメリカには日本に比べ多くの劣っている点が存在する。しかしそんな国には、世界中から人が夢を抱き押し寄せている。その勢いはとどまることを知らない。あらゆる言語が飛び交い、あらゆる文化が存在する。混沌としたその国に存在する、様々な非合理、不便、矛盾は、相乗的に人々を刺激しているのかもしれない。すなわち、そういった環境こそが人々を“Hungry”にさせているのかもしれない。街全体から伝わるその雰囲気は、中国などの発展途上国に訪れたときに僕が感じたあの感覚、あの“匂い”に近い。いうなれば、それは“人間臭さ”とも表現できる。

では、日本はどうだろう。上述のとおり、日本で全てのものが簡単に、しかも最高の質で手に入る。先人が創りあげたこの驚くべき精巧な環境は、今を生きる僕たち日本人にとっていつしかそれが“普通”になってしまった。そう、日本という国は”整いすぎた国”なのかもしれない。そんな生易しい環境ではいずれ日本人は“退化”していく道しか残されていないのではなかろか。現実に、主観ではあるが僕が感じた“活力の差”というものは正に、その“退化”している日本を露呈しているのではなかろうか。

世界のトップを走る経済大国アメリカ。そしてその後を必死に走る世界第二位の経済国家日本。この二つの国の類似性と非連続性を知ることは、結果的に双方の国を深く知ることになるに違いない。僕は、アメリカに来る前に誓っていたことがる。「僕は日本人。日本を深く、そして客観的に知るために渡米する」と。その誓った想いが今強く心に思い出された。

アメリカよ。あめりかよ。

あなたは、これから僕にいかなることを教えてくれるのか。
それはきっと僕の人生にとって掛け替えのないものになるに違いない。
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by ny_since1999 | 2007-06-30 23:42
2007年 06月 28日

Expect the unexpected

旅は、いくつもの不運から始まった。

全ての移動時間を踏まえると、およそ20時間を要する旅の中、僕の座る飛行機の座席は一貫して故障していた。椅子の蝶番の所がおかしくなっていたのだろう。力をちょっと入れるだけで後ろに倒れそうになる。他の席に移ろうにも、全席満席状態。僕にはその椅子しか選択肢はなかった。椅子に寄りかかることもできない空気椅子に近い状態で僕は空をび続けた。アメリカへ向けて。

目的地に着いたのは現地時間で23時。“安物”のチケットを購入したせいか、機内食はろくに出ず、現地に着いた頃には極限ともいえる空腹の状態。初日に宿泊するホテルに着いた直後、食べ物を求め街を彷徨うも、時間も時間だけに静まり返った街は僕に空腹を満たす術を与えてくれなかった。ようやく見つけたセブンイレブンで“カップヌードル”を購入。餓死寸前の自分にとって、そのアメリカ製ラーメンは、本当に美しく見えた。「さぁ、食べるぞ」。

そう思ったはいいが、今度は食べるためのお湯がない。日本のコンビニとは違いアメリカのコンビニは“コンビニ”すなわち“便利”ではない。おまけに、“箸”も“フォーク”もおいていない。「買ったはいいがどうやって食べれば・・・」。「思えば、アメリカの水は日本とは異なり、良質とはいえないな・・・」。ホテルの部屋の蛇口から出る水は到底飲める代物ではない。さて、どうしたか?まず、水はコンビニでミネラルウォーター。箸は、窮余の策としてジュース用のストローを使用。お湯は、ホテルにあったコーヒーメーカーで水を加熱。しかし、それもポンコツで水が沸騰するまでに一時間も要する骨董品。さらには、一度に作れるお湯の量も、ラーメンに必要な量の70%。そんなこんな超弩級のラーメンが完成したのは午前2時を大きく回っていた。そして一日目は終了した。

時差ぼけが猛進する中、二日目が始まった。

僕がこれから2年間住む予定のアパートは8月から空くことになっている。ゆえに、これからおよそ一ヶ月は安物物件で生活することになっている。ホテルから、その仮住宅まで移動するために、ホテルからタクシーを手配。「大きなスーツケースが6つもあるから、大型タクシーを手配してくれ」。僕は確かにホテルの受付にそう伝えた。一時間も待たされた挙げ句の果てにやってきたのは普通のタクシー。「どうなってるんだ?」怒りがこみ上げてくるのは言わずもがな。だが、僕は人と待ち合わせをしていた。「もうこれ以上待たせるわけにはいかない」。荷物を強引にタクシーに詰め込んで出発した。普通のタクシーに6つスーツケースが入っている姿を想像していただきたい。それは正に中国雑技団である。

三日目。僕は、8月から住むアパートの正式な契約をすべく、指定のオフィスに向かった。そして開口一番、不動産屋のマネージャーから悲劇的な言葉を浴びせられた。「今住んでいる人が考えを変えて、8月には出られなくなった。だから部屋は空けられない。」一瞬背筋が凍った。「ありえない・・・・」。数ヶ月も前から仮押さえをし、頭金まですでに振り込んでいた。すなわちその時点で“Done deal”のはず。8月に引っ越すという前提ですべての予定も組んでいた。それなのに・・・それなのにいきなりキャンセルをくらい疎略な扱いを受けた。それも渡米した後に。僕はいきなり1ヵ月後からの住む場所がなくなった。「勉強どころではない・・・」。「これがアメリカの本当の姿なのか?」。Dream countryといわれる反面、いいかげんな部分が多数存在するということは重々承知していたが正にここまでひどいとは。今の僕には、携帯電話もなければ、インターネットもない徒手空拳の状態。そんな見知らぬ国でしかも唐突にゼロから新しい部屋を探せと言われるほどの過激且つ悲劇はない。

これからどうすれば・・・

とりあえず、今日のところは携帯電話を購入するところまでは済ませた。明日はとにもかくにも、何らかの解決策を見つけなければならない。

Expect the unexpected.
日本の生活を前提にしているとこの国ではどうやらうまくいきそうにないようだ。
ありえない事態を想定し、歩むことが必要とされる。

Expect the unexpected.
Keep it in mind.
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by ny_since1999 | 2007-06-28 03:35
2007年 06月 26日

Carpe diem

I`m leaving for U.S.A. soon.

Ths is gonna be the last commnet I have in Japan.



Everyone

Carpe diem!
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by ny_since1999 | 2007-06-26 12:07
2007年 06月 24日

かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂


明日出発。

先日東京で長年連れ添った会社と別れを告げ引越し。ドタバタの中で、田舎にたどり着いたのが一週間前。そうこうしているうちに、終わりの見えない渡米準備の中で一週間はあっという間に過ぎ去った。しかし、この”一週間”という時間が僕にとって本当に有益な時間となったことは言うまでもない。これまでの事、これからの生き方を考えるには本当に良い機会となった。


いよいよだ。
いよいよ新たな挑戦が始まる。

身も心も準備は整った。


かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂

Let's begin.
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by ny_since1999 | 2007-06-24 21:52
2007年 06月 23日

人を育てるということ

僕は、ひょっとして”特別な”家に生まれたのかもしれない。なぜなら、僕がこの家に生まれた時は、家族ではない人間が共に同じ屋根の下で生活していたからだ。

僕の祖父は、知る人ぞ知る大工の名親方。今では祖父も後継者に会社を譲ったが、大工の親方としてこの地では名を馳せる建築会社を作り上げた。家作りの巨匠としての祖父の存在感はこの地では今でもなお生きる。そういうわけで、僕が生まれたころはこの家には、”大工の技”を習得すべく”お弟子さん”が共に生活していたのである。すなわち僕は、アカの他人ともいえる大人たちと毎日すごしていたことになる。今となれば考えられない光景だが、当時は、この地ではそれほど珍しい光景ではなかったらしい。

云うは易し、行うは難し。そこには言葉にならない感動があった。何を隠そう、祖父母はこんな辺鄙な田舎の地で13人もの若者たちを育て上げたのだ。13人の弟子たちをまるで我が子のように扱い、そして育てた。当時生活は決して楽ではなかった。日々窮する中で、祖母は、毎朝全員分のお弁当をつくり若者たちの腹をみたした。一つ屋根の下。大家族。皆で毎日同じ一つの風呂をともにした。もちろん、そのすべてが無償。そのすべてが”育てる”ためだった。

この事は、かつての日本の社会の一つの姿のなのかも知れない。そういった時代を経たからこそ”今”の日本があることは言うまでもない。若者たちをまるで我が子のように育てた祖父母のその努力、その情熱は僕に本当に多くのことを教えてくれる。教科書では決して学ぶことのできない、日本の歴史を。真の情熱を。

実家に帰ると決まって祖母は上述の話をしてくれる。ビールで少し酔った祖母は上機嫌。ニコニコ顔で昔話をしてくれる。そんな”自信”と”達成感”に満ち溢れた祖母を見ることは僕にとって恒例の行事の一つであり、最も好きなシーンの一つだ。

言いたい事は二つ。

一つ、
僕も、自分が84歳になったとき、己の人生を”自信”をもって語れる生き方をしたい。

一つ、
おじいちゃん、おばあちゃん。
これからもその元気な姿を僕に見せ続けてください。
そして、僕にまたその“人生”を語ってください。
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by ny_since1999 | 2007-06-23 21:43
2007年 06月 22日

夏を待つ大地

夕食後、外界のあまりの美しさに、思わずカメラを手に取った。
僕の自慢の一つだ。
僕の原点はここにある。

ここからすべては始まった。
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夕日は雨で濡れた大地をやさしく照らす。
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まだまだ
日本も捨てたもんじゃないね。
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by ny_since1999 | 2007-06-22 20:02
2007年 06月 21日

猿の惑星

田舎に引越し数日が経過した。東京の雑多な生活から一変し、ここでの生活は僕にとっては正に異空間。かつてここで青春を謳歌した時代があるとはいえ、今日の僕はここではあたかも時間がと止まっているかのような感覚に包まれてしまう。そんな僕の育ったこの街(村)も今日から梅雨入り。蛙たちはいつも以上に声を張り上げ、必死に空に歌う。東京で汲々と生きていた自分にとって、そんな蛙たちの声は僕の胸にやさしく響く。

僕はそんな自分の故郷が好きだ。東京に住もうが、米国に住もうが僕の原点はこの街、この大地にある。そんな我が愛する街は、今少しずつ、だが着実に、いや確実に変わり始めている。かつて地域経済を潤した公共投資が消え行く姿はMISSION(やらねばならぬ事)において少し述べたが、事態はそれだけではないことを今回の帰郷で僕は再確認することになった。

午前4時半。
村はまだ暗闇とともに眠っている。

「パンッ!」

1km先でも聞こえるような銃声が大地を轟かす。
5分、10分後に再び同じ音が炸裂する。

「何事だ?」

犯人は、近くにいた。僕の祖父だった。曰く、最近畑を荒らす猿が頻繁にこの地域まで山から降りてくるという。それも一匹や二匹ではなく、グループをなして現れるという。祖父はその猿を威嚇するために、ガス銃をセットし炸裂音を鳴らして撃退しているのだ。84歳とは思えないハイテク祖父である。

さて、本題に戻ろう。今回のこの猿の下山は意味することは深い。このことは、猿に限らず、山に住む動物たちが食料を山では見つけられなくなってきていることの証ともいえる。動物たちは生きるために、下山を繰り返している。そう、僕の生きるこの大地、そしてその大地を囲む山々は”体に”少しずつ変調を来たしている。そして自然の変調は”食料不足”だけではない。かつては冬にさえなれば2mも積もった雪も今ではその豪快な姿を見せることはない。あの膨大な雪どけ水が大地を流れ、山々を潤し、自然界に活力を与えていたことは言うまでもない。

公共投資の縮小による経済の弱体化、猛烈な速度で進む少子高齢化と過疎化。そしてそこに頻発する猿の跋扈と自然界の変調。

この地では何かが変わり始めている。

かつて”猿の惑星”という映画があった。遠い将来、人間が創り出した文明が、結局はその人間社会そのものの崩壊を招き、やがては猿が地球を征服するというお話だ。僕の目前で起こるこの経済環境の変化、自然環境の変化、そして連日続く猿の出現が僕に“猿の惑星”の社会を連想させるまで時間はそうかからなかった。
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今日も、スーパーおじいちゃんのセットしたガス銃は空に向かい炸裂音を響かせている。
その銃口がいつの日か人間に向けられないことを祈りたい。

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by NY_since1999 | 2007-06-21 22:55
2007年 06月 17日

部屋とYシャツと私

今日は、およそ3年間お世話になった我が家とおさらばするために、一日中引越しの準備に追われていた。やはり、家族つきの引越しともなると、単身のものとは”量”がまったく違う。箱に詰めども詰めども、陽炎のように終わりが見えない。舞い散るほこりに鼻がやられ、ここのところ一日中くしゃみが止まらない。

ただ、”引越し”にも良いところがある。それは、かつて自分が使った昔のものに触れることができる点だ。引越しでもしない限り絶対に日の目を見ないような多くのものが自然と目にとまる。アホなことばかりしていた学生時代の写真、社会に出て初めて書きはじめた日記、積もり積もった数年分のスケジュール帳。その一つ一つにその時代を生きた思い出が詰まっている。僕はそれらを読んでいて素直にこう思った。

「もし今、”あの時代”に戻ることができても僕はきっと同じ生き方をするにちがいない。」 

僕は人生の中で数えきれぬ失敗をしてきた、それに伴い同じだけの反省もしてきた。でもひとつ言える。僕の人生には後悔という文字はない。すなわち、僕は幸いにも”これまで”自分に嘘をつかずに生きてこられた。だからこそ、自分の歩んだ道にはそれなりの誇りと自身をもって生きている(もちろん人様に自慢できるものでは全くないが)。もし、僕がこの世に生まれ変われたら、きっと”あの日”に”同じこと”をするにちがいない。「5年先、10年先、あるいはさらに遠い未来にわたっても、その”誇り”と”自身”をもって生きてゆきたい。」そう再認識できた一日だった。

誰もが経験したことのある”引越し”のワンシーンから、ついつい”生き方”まで飛躍してしまった。そんなこんなで、今日は何とか最後のダンボールにテープをはり、明日の出発を待つまでに至った。

さぁ、いよいよ出発だ。
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by NY_since1999 | 2007-06-17 23:39
2007年 06月 15日

夢を追え ~共に生きた仲間達へ~

木曜日。
共に働く仲間達が壮行会を催してくれた。

つい数ヶ月前、仲間を送り出したと思いきや、いつの間にか自分が送られる番に。入社し6年とちょっと。僕は初めて送られる立場。いつしか言葉にはならない不思議な感覚が僕の体には生まれていた。様々な想い、様々な感情が入り混じる中、僕はその壮行会で仲間たちと酒を交わした。

仲間達よ、皆から頂いたあの“声”は未来永劫僕の心に生き続ける。本当にありがとう。一生忘れない。

今、僕は改めて感じている。僕が経験したこの6年は本当に掛替えのない時間だったということを。もちろん辛いこともあった。振り返りたくなることもあった。泣きたくなる夜もあった。でもそこには旧態依然とした慣行が跋扈する日本の○△業に風穴を開けるべく、歴史へ真っ向勝負するという“覚悟”があった。自分達が歩むその一歩で日本に新たな可能性を創造させるという“夢”があった。そして、その“一歩”から現実に生まれてくる社会からの僕達へのニーズが僕達を鼓舞させた。そう、そこには“感動”があったのだ。本当に素直にそう思っている。その“覚悟”と“夢”と“感動”が今の僕を突き動かす原動力となっているのは言うまでもないこと。僕は本当に貴重な経験をすることができた。この経験は僕の人生にとって大きな大きな柱となろう。 now and forever


僕は2年ほどそんな会社を離れる。少し寂しい気持ちもするが、今はそれ以上に好奇心でいっぱいだ。でも、日本を去る前にどうしてもこれだけは伝えたい。共に戦った仲間達にどうしてもこれだけは伝えたい。いろいろ考えたけど、やはり僕はどうしてもこれを伝えたい。


仲間達よ


青臭く夢を追え
そして
歴史を、日本を、アジアを、

そう
世界を変えろ

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by ny_since1999 | 2007-06-15 23:32
2007年 06月 12日

今こそ出発点

僕の座右の銘


”今こそ出発点”

人生とは毎日が訓練である
わたくし自身の訓練の場である
失敗できる訓練の場である
生きているを喜ぶ訓練の場である

今この幸せを喜ぶこともなく
いつどこで幸せになれるか
この喜びをもとに全力で進めよう

わたくし自身の将来は
今この瞬間ここにある
今ここで頑張らずにいつ頑張る


僕が一番好きなメッセージ。

これを読んで多くの人間が何かを感じるだろう。

でも、それ以上にね・・
これを書いた人間がいるんだよ。

そう考えたら、胸が更に熱くなった。
人間ってすごいね。
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by ny_since1999 | 2007-06-12 23:48