Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2007年 07月 31日

MBAの価値とは

ここ数日、淵源たる疑問が僕の胸の内にある。

“MBAとは何か?”

もちろん、この質問に対するベストな回答はない。なぜなら、MBAを目指すそれぞれの挑戦者にはそれぞれの理由・想いがあるからだ。世界各国から集まった若者は、このMBAという箱を通し、それぞれの夢を実現すべく2年間ひたすらに走る。さりながら、“概して”MBAを目指す人たちの想いは、一つの方向に収束するのが現実であろう。それはMBAを機に“転職”するということだ。学生たちはたとえ数千万の出費があろうとも、その”転職“を夢見てこのアメリカという国へやってくる。そう、それは正にAmerican dream。

さかのぼること、120と余年。事業家のジョセフ・ウォートンの手によってビジネススクールは産声を上げた。ウォートンのスピリットはこうだ。「次世紀を生きる若者たちに、ビジネスで活きる専門的な知識を授けたい。そして各地から集まった若者たちに互いを”鼓舞”できる機会を提供したい」。その想いから生まれたのが世界初のビジネススクール”The Wharton School”である。
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ペンシルベニアで産声を上げたbusiness schoolは、その後紆余曲折はあるも、アメリカを中心に順調に成長していった。その流れる時の中、HBS(Harvard Business School)を始めとし、Case studyに特化していく学校は勢力をつけていくことになる。同じく、現在のCarnegie Mellon University Tepper School of Businessは理論重視のスタイルを強化していった。その構図は現在でも残り、case とtheoryがビジネススクールの支柱となっている。

月日は流れた。ジョセフウォートンも思いにもよらなかったであろう。何を隠そう、現在、世界ではMBA教育に対する批判が非常に多いからである。いくら教科書を教えても所詮real businessには通用しないというのが主な批判の趣旨。確かに、そもそも人を動かしたり、管理したりするmanagement能力とはそもそも学んでできるようなscienceではない。言うなればそれはartに近いはず。いくら僕が絵を学んでも上手くかけないのと同じこと。このことは、MBAを痛烈に批判するヘンリー・ミンツバーグ氏の著書「MBAが会社を滅ぼす」に詳しく記載されている。

では、現実はどうか?MBA教育の問題点が少しずつ露呈しゆく中でも、MBAへの評価が完全に崩れたとは言うには時期尚早であろう。アメリカビジネス界では、未だMBAはいわゆるエリート街道を進むための登竜門となっているのは否定できない事実ではなかろうか。更には、“MBA”を前提に社会が構築されているといっても過言ではないのかもしれない。企業は、より優秀な学生を獲得するために、学校のランキングを重視するようになった。Business week、U.S.NEWS、Financial Timesなどが著名なランキングツールとなっているが、企業としてみれば、その順位を利用すれば、採用の手間(Process)が省けるというわけだ。このトレンドに目をつけたのは、ビジネススクール自体である。ここで考えておきたいのはビジネススクールにとっての名誉とは何かということ。それは卒業生が著名な企業に入社し、社会で名を馳せることにある。となれば、“学校”たちは各々の順位の向上に重きをおくのは言わずもがな。順位を上げるには、より優秀な学生をなんとしても入学させる。優秀な学生を獲得するためにはどうすれば? 簡単なこと、学生が好むであろう“サービス”の質を高めればいいのだ。聞くところによると、とある学校の学生寮は正に高級ホテルだそうだ。いつしか、ビジネススクールは名の如く“ビジネス”を始めるようになったのだ。

滑稽かな、その潮流は決してアメリカだけでの話ではない。現在、日本、中国、シンガポール等々ビジネススクールの創設は年々加速している。そう、学生を対象にしたビジネスが今正にアジアでも烈火のごとく吹き荒れているのだ。学生たちはそんなビジネススクールを魔法の杖の如く、大会社に勤めるための“魔法のツール”と信じるようになった。時代の潮流に翻弄されていることも気づかずに。さて、読者の皆さんはこのことをどう考えるだろうか?

一言ここで申しておく必要がある。それは逆接的ながら、この時代の潮流自体に問題はないということだ。前述のとおり、これは正にビジネス。学生側の需要と学校側の供給が存在し、そこには市場が形成されている。これが市場である限り、僕がとやかく言うことではない。学生も学校も企業もそれでhappyならそれでよいのだ。究極的には、勝手にやればよいのだ。だが、見逃してはいけない現実も存在している。2年に及ぶ徹底した理論武装を経験した若者たちは、“エリート”として世界に散らばっていく。数十年を経て受け継がれた現場のいぶし銀的なknow-howを全く知らずして、学生たちは卒業した学校ランキングだけで評価がされていく。だが結果的には、そういった若者たちは教科書の範囲を超えることはできず、期待されたほど結果をだせないケースが非常に多いと聞く。更には、MBAホルダーほど“使えない”人間が多いそうな。なぜなら、理屈ばかりをこね、頭がカンカチコン(だと思われる)な人間が多いだからだ。だが、とりわけ欧米では”ランキングの魔力”は無視できないほどの影響力があることも事実。もし、このMBA流の社会が更に根を社会に伸ばしたとき、我々の社会はどうなってしまうのか?理論だけしか知らない、若者ものが会社の上層部として跋扈し会社を操っていく。これは、あくまでextremeな場合だが、頭の片隅には置いておきたい“あってほしくない”話ではある。

さて、そもそもなぜ僕はMBAに挑戦しているのか?簡単なこと、MBAが社会的に批判を浴びる一方で、やはり僕はそこに“僕なりの”価値を見出しているからである。「鼓舞し合い、高め合いたい」。究極的にはこの二言に尽きる。 「数千万分の一の可能性。数千万分の一の奇跡。」でも記したが、ここには世界から本当に多くの人間が集まる。そういった仲間たちと2年という時間を通し、語り、鼓舞し合ってゆく事は、僕の人生にとって新たな、且つ、無限の価値となると考えたからだ。逆に言えば、この選択をもし僕がとらなかったら、きっとこれほどまでに多種多様の人種、文化、言語を集中的に体験することはできないに違いない。そう、僕にとってはこの ”opportunity”が全てなのだ。

冒頭に記したが、学生がこのMBAに賭ける想いは千差万別である(あるべき)。上記のことはあくまで僕の視点。大切なのは、これから僕たちが賭ける2年間というものは、決して取り返すことのできない貴重な時間であるということである。そう自分に言い聞かせるべく、今回はあえてこの場を借りた。

2年後、僕が理屈ばかりをこねる、頭カンカチコン野郎になっているのか、それとも世界という大海原で生き抜くだけの力を少しでもつけているかを読者の皆さんに是非証人になっていただきたい。


まっ、その前に今日という日を本気で生きる。
それが大切。

Carpe diem
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by ny_since1999 | 2007-07-31 16:28
2007年 07月 28日

乾坤一擲の想い


世界から集まったそんな仲間たちと過ごしたサマーコース(夏期講習)は今日終了した。
徒手空拳で米国に渡り、多くのハプニングと共に幕を開けたこの留学記であったが、time flies、あっという間に一ヶ月が過ぎさった。

遠い昔に経験した“学生”を今こうしてまた再び演じられること、それはひょっとして何よりも贅沢なことなのかもしれない。だからこそ、僕はその掛替えのないこのチャンスを本当に大切にしたい。そう心に誓って日々を生きている。

乾坤一擲(けんこんいってき)

運命を賭けた大勝負を意味するこの言葉。
この言葉の意味することを改めて自分自身に問い質しつつ、いよいよ8月から本格稼動するコースに備えたい。

さぁ、いよいよ始まるぞ。
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by ny_since1999 | 2007-07-28 11:13
2007年 07月 26日

情報化社会

僕の部屋は進化を続けている。

何もなかった部屋には、ベッド、ダイニングテーブル、ソファー、TV、ライト、そしてインターネット。かつて僕が日本にいたときに接していた”文明”がこのアメリカの地でも今、正に復活しよとしている。ただ、何かが足りなかった。

それは”information”。

インターネットが繋がったのもつい先日。僕はこのおよそ一ヶ月間、完全に世の中の流れからはずれ、isolationの状態だった。日本の大きなニュースといえば、新潟の大地震。僕はそれ以外まったく日本のことはわからない。無論世界の情勢も。

そこで、僕は以前より計画していた新聞の購読をついに始めることにした。近い将来、新聞を読んでいる暇もないほど忙しくなるのは目に見えているが、どうしても僕は情報がほしい。一ヶ月$105もするのには憤慨したが、僕は明日から購読を開始することにした。

情報のない所にいたからこそよくわかる。情報の価値というものが。ただ、昔は、電話もなければ、TVもない。無論インターネットもない。それでも人々は、想いを共有し多くの歴史を創ってきた。昔は、どうやって情報を共有していたのだろう。先人の偉大さをこういったところからも感じるいことができる。

便利な世の中になる一方で、何かをなくしている僕たち人間。

ただ、情報化が進む社会は、情報が前提に成り立っているのは、否定できない事実だ。僕は、これ以上isolateするわけにはいかない。明日、新聞という文明社会に再会するのが今から楽しみでならない。
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by ny_since1999 | 2007-07-26 22:06
2007年 07月 24日

Look at the world

今僕は、夏期講習におけるfinal presentationの準備に追われている。このせいで、僕の日々の生活は随分とタイトになっている。この憎きやつめ。

冗談はさておき、僕のチームにはブラジル人が一人いる。インベストバンク出身のエリートマン。頭の切れも抜群。そんな彼とは最近多くのfightを重ねている。彼は、議論になると目の色が変わる。そしてそんな彼の溢れんばかりの感情が僕の心もイグナイトさせる。日本に住んでいると、ここまで熱くなって議論することは稀といってよい。ただこの地ではこれが常識だ。己のロジックを信じる限りにおいて徹底的に議論を続ける。たとえ日が暮れようとも。

日本を離れてほぼ一ヶ月。僕は多くのことを経験してきたが、この”自己主張”という点の日本との大きな違いが最もvividに僕の目には映っている。

日本人としての”誇り”や”わび・さび”といったものは、日本人にとってかけがえのない無形資産だと思うが、世界と戦っていく上では、おそらくそれだけではいずれ前に進めなくなるであろう。やはり、世界の様々な文化・風習、そして人々の性格などを自らをもって経験し感じてこそ初めて世界を知れるのだと思う。

議論で熱くなったブラジル人の彼は、議論が終わるといつもさわやかに笑顔で僕に語りかけてくれる。

”Good discussion”

僕は、そんな彼の笑顔が好きでならない。
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by ny_since1999 | 2007-07-24 03:43
2007年 07月 21日

世界の凄い奴ら

朝日が久しぶりに僕の目覚ましになってくれた。
毎日2時~3時に起きていたから仕方のないこと。
この一週間睡眠時間は毎日3時間を下回っていた。
それほどに、この一週間の学業は僕を燃焼させた。
望むところよ。


僕は、日々ブログに何を書こうかと考えている。それは書くアイディアを見つけるためではない。その逆だ。書きたいことがありすぎて収集がつかない。ただ、アメリカに来てからとある問題が僕を悩ませている。それは書く時間がないということだ。7月末で夏期講習も終わり、8月からいよいよ世界から集まる仲間たちとの生活が始まる。そう、本格稼動というわけだ。おそらく今の僕のままだと、ブログどころか友からのメールに返信する時間もなくなる可能性がある。それだけに、学校から要求されるものが多く、それだけに、僕の時間の使い方は非効率なのだ。きっと、僕はこの2年を通し、"時間”というものを最も学ぶことになるのかもしれない。そんなことを心底考えた一週間だった。

その中でも、ひとつのエピソードを。
木曜日には、Whartonの教授が夏期講習に参加している学生に対し、特別に授業を開いてくれた。テーマは、"腐敗”について。なぜ腐敗は生じるのか。なぜ腐敗はどの国でも建設業に多いのか。そもそも腐敗の定義とは何か。

聞いているだけで、本当にワクワクする非常に面白いテーマだった。そのテーマをもとに学生たちがディスカッションをしていった。特筆すべきは、そのディスカッションよりも、むしろその教授の"鋭さ”。どんなに厄介な質問が出ようと軽々とこなしてゆく。

教授曰く
「僕は、MBAをもち、博士号ももち、弁護士でもある。大学はハーバードを主席で卒業した。二番で卒業した奴は、今僕の給料の50倍稼いでいる。僕はものすごく頭がいいから、金を稼ぐことなんていくらでもできる。でもそれはしない。なぜか?それはこの仕事が好きだからだ。」

世の中には、こういう人が本当にいる。正確には僕の目の前にいた。「すごいな・・・」少年のように素直にそう思った自分がそこにはいた。

世の中には、桁違いの凄いやつらがゴロゴロいる。ただ、僕たちはそういった人たちの存在を知らないだけなんだ。あるいは”あの人は別次元の人”という枕詞で、自らその可能性を消してしまう。でもね、一歩踏み出せば、きっとそういった人たちとつながるチャンスはいくらでもあるんだ。そしてそこから学べること、そこから気づけること、それらは無限の価値をなす。僕はいつもそう考えている。そうやって生きている。

勇気を振り絞って僕は、そんな彼に向かって、”ジョーク”をぶつけた。

強面の彼は笑ってくれた。

うれしかったな。

次ぎ会うときは、僕の名前を覚えてもらおう。
まずはそこから。
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by ny_since1999 | 2007-07-21 07:22
2007年 07月 15日

存在価値

“手を上げろ”
“意見を言え”
“声を大きく”
“自身を見せろ”
”相手の目を見ろ”

さもなくば、評価は下がる?

“NO”

評価はゼロ。

アメリカの学校では、こういった光景は決して珍しいことではない。とりわけビジネススールではその度合いは更に増す。Topレベルになれば、その度合いは更に増す。

先日、クラスでcase studyが行われた。別の言い方をすれば、己の意見を発するための授業といえる。その場にいた学生は40人。テーマはエアバスとボーイングのビジネス戦略ついてだ。授業が始まった途端に全員が一気にそれぞれの考えをぶつけ合う。その光景は、ダムに溜まった水が決壊し一気に流れ出すようなあの“勢い”に近い。その瞬間から教室に存在する全ての人間がライバルと化す。

前提として、“意見”とは口を開くことだけを意味してはいない。そう、意見とは口を開き、且つ意味のあることを言わなければならない。無駄なことを言うと、速やかにと“止められる”。あるいは、無視される。

正直のことを申せば、僕は“あの日”それなりの準備をしていった。自分なりの分析をし、それを前提とした論理的な主張も用意していた。だが、悲しいかな、僕は完全なる敗北を味わった。なぜか?簡単なこと。有意義な意見を言えなかったからだ。確かに、僕の準備の仕方にも問題があったのは事実。そもそも考える方向性を間違えていた。したがって、次回に向けて如何に改善するかは自分なりに“解”は導き出したつもりではいる。それにしてもあの敗北感は久々に味わった。同時に、僕がこれまで如何に生ぬるい環境にいたかも思い知らされたような気がする。世界と戦っていくことは口で言うほど簡単なことではない。

心に火がついた。

日本代表として
僕は負けるわけにはいかない。
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by ny_since1999 | 2007-07-15 02:56
2007年 07月 11日

学ぶことへの熱意

2007年は日本の大学教育において一つのジャンクションとなる年であろう。なぜなら、2007年とは、日本に存在する全大学の募集する枠(募集人数)が全受験者数を超える年となるからである。これが如何なることを意味するかは言わずもがな。そう、計算上では、申し込めば誰でも大学にいける時代になるということだ。では、そもそも“大学とは何か?”。この根本的ともいえることを考えてみたい。本来、大学というところは、最高峰の高等教育機関。先人が築き、蓄積してきた専門的な知識や技術を同じ境遇の仲間と共に切磋琢磨し学ぶ場である。大学から生まれた新たな技術、新たな発見、そして芸術や音楽の創造。歴史の中で繰り返されてきたそういった営みが、少なからず現代社会の支柱になっていることは否定できない。

寺子屋という言葉を今でも時々耳にするように、かつて日本には数万ともいわれる私塾が存在した。そのこと自体が克明に物語っているが、日本の教育水準の高さは、決して今に始まったことではない。それは伝統ともいえる。とはいうものの、かつては市井に生きる人々にとって“大学”というところは行きたくても、経済的に簡単に手の届く代物ではなかった。現に、僕の祖父も、祖母もかつては大学入学を夢見たそうな。だが、現実はあまからず。多くの若者たちは、“学ぶ”ことを諦めざるを得なかった。大学とは、高貴な存在であった。そう、それは正に夢のまた夢。

時代は変わった。

そう、あの時代は朝靄の如くいつしか消え去った。日本の高度経済成長と共に増加する世帯収入は、結果として子供にかける教育費の増加を実現させた。この時代の潮流は、国家が発展途上から成長、そして成熟して行く中で必ず生じる状況なのかもしれない。日本では、安保闘争に魂をかけたあの世代、そう、団塊の世代といわれる人々が若かりし頃から、“大学進学”というものが変わり始めた。大学への進学は、市井の人々でも手に届く時代になった。あれから、30年。いつしか、大学というものは、我々日本人にとって“特別”なものではなくなった。

今日、“学ぶ”ことへの“誇り”や“信念”のようなものは日本にどれだけ存在するだろうか。これは大学側にも責任がある。滑稽なことに、大学側もその時代の潮流を商機とし、とにもかくにも学生を集め“ビジネス”に走った。いつしか日本には聞いたこともないような“私立大学”が乱立し、その数はいつしか500校を超えたとも聞く。誰しもが入学し、そしてその多くが4年間の大学生活を“無駄”に過ごしてゆく。とりわけ、日本の場合は、卒業が入学に比べさらに広き門なため、その4年間の無駄ぶりには拍車がかかるというわけだ。

”大学とは何か?”

アメリカに来てまだ数週間。短いながらも多くのことを経験することができた。では、何が僕を最も魅了したか?

大学である。

ここには、“大学”があった。ここに集まる若者たちは、“学ぶ”ことに”本気”だ。そしてそれは生徒だけのことではない。先生も本気だ。先生は常に、評価される対象でもあり、評価が悪ければ次々に交代される。すなわち、先生も日々“全身全霊”で授業を展開する。更には、学校側も、そういった志ある若者たちのために最高のインフラを構築している。自信をもって言うが、これほどの施設を日本の大学では決して見ることはできない。この大学には“誇”が存在する。それがキャンパスに一歩踏み入れただけで、ひしひしと伝わってくる。このことは、決して僕が存在する大学だけのことではない。こういった雰囲気をもつ大学は米国には数多く存在する。もちろん、アメリカの全ての大学がそうかといえば、“No”である。だが繰り返す。アメリカのトップレベルの大学は日本のレベルとは比べ物にならない。

僕は、“教育”というものに非常に興味を抱いている。それは人間、教育こそ全てだと思っているからである。もちろん、教育といっても多種多様。大学教育がすべてだとは毛頭おもっていない。だが、僕の問題意識として、日本の大学生および大学の古びた体制はいつしか日本の将来に悪影響を及ぼすと考えている。もしかしてそれはもう始まっていることなのかもしれない。かつて“教育国家”といわれたあの日本は何処へいってしまったのだろうか。あの日本の教育への“誇”が日々消えさって行くのは、本当に悲しいこと。僕は、これからおよそ2年間、上述したアメリカ最高峰の教育機関で教育を受ける。僕はそのやり方自体が全てだとは思っていないが、少なくともその“学ぶ”ことに対する熱意は、自分が経験するだけでなく、何らかの形で日本に持ち帰りたい。そう強く心の中で思っている。

“学ぶ”こと。

It is more precious than anything else.
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by ny_since1999 | 2007-07-11 05:46
2007年 07月 08日

一期一会

場所は、Arlington National Cemetery。第1次世界大戦、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争等の戦没者が祀られており、英雄たちが眠る地とされている。そして、そこにはアメリカ合衆国代35代大統領JFKことJohn Fitzgerald Kennedy も同じく眠っている。 Kennedy の墓地近くになると看板がある。“Silence and Respect” ~静寂と尊敬を~。そこを訪れる人たちは、あたかも遠い昔から“約束”してたかのように無言の敬意を示す。Kennedyの死以来44年が過ぎ去った。幾年が流れようともこうして人々に敬意を称される人間が目の前に眠っている。その空気に触れたとき、僕は言葉にはならない、形にはならない、人間の尊さのようなものを感じた。彼も僕と同じ人間なのだ。Kennedyの墓地に灯っている永遠に消えることのない炎は僕の心の奥底に何かを伝えてくれた。
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7月7日。日本では七夕といわれるこの日。僕は、アメリカ合衆国首都、ワシントンDCに人生で始めて足を踏み入れた。1874年に首都としての役割を果たすために人口的に作られた都市であるが故に、どことなく“人工的”な匂いがする。


a0100263_5483758.jpg同じく、政府機関が街の多くを占める故、街全体の雰囲気は何処となく“政治”の香りがした。そんなワシントンには僕にとってどうしても行きたい場所があった。ひとつは、JFKの墓。そしてもうひとつは?



かつて「フォレスト・ガンプ」という映画があったことを覚えているだろうか。木偶坊と呼ばれながらも、主人公のガンプは自分の信じる道をひたすらに走った。そしていつしか彼は国民的な”ヒーロー“に。この映画が僕たちに与えてくれた勇気や感動は今でも多くの人々の心に鮮明に生きているだろう。実は、僕はその映画の中で一つ好きなシーンがある。フォレスト・ガンプとジェニー・カランが、プールの中心で抱き合うシーンだ。リンカーンの石像が見下ろすReflecting Poolから見えるワシントン記念塔。僕はどうしてもこの絵をこの目で見たかった。理由はない。本能が僕をその地へいざなった。

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Reflecting Poolが僕の目の前に現れたとき、涙が僕の頬を濡らした。

“僕はアメリカに来たんだ”。


ワシントンに来て再認識できたこと。

”一期一会”

リンカーンもケネディーも、フォレスト・ガンプもきっとこの言葉を胸に毎日を生きていたに違いない。
すなわち、今を生きよう。
Carpe diem.
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by ny_since1999 | 2007-07-08 05:31
2007年 07月 07日

数千万分の一の可能性。数千万分の一の奇跡。

僕のクラスメートにはトーゴというアフリカの国から来ている若者がいる。

若者といっても、30代前半。身長は190cm近くあり、体つきもがっしり。それでいてハンサムなcool & smart guy。そんな彼にはデンゼルワシントンのような雰囲気が漂う。a0100263_214875.jpg僕は、昨日開かれたPartyの中でそんな彼と話す機会があった。そして、僕はその会話の中で大きな衝撃を受けることとなる。

彼曰く、彼の国の人口は600万人。現在そして過去、ウォートンに入学できたのは彼が初めてだという。そう、彼は、その600万分の一、過去も含めれば数千万分の一の可能性を自らが創造してきた男だった。言わずもがな、彼は国を背負ってきている。国民の希望を一身に背負っている。それだけに、彼の眼光は鋭い。本気である証拠だ。曰く、彼の国には、b-school受験に必要な教材すらなかったそうだ。すわなち、受験に合格することよりも、勉強すること自体に大きな困難があった。心底思う。彼が今日このアメリカという国たどり着くまでに、どれほどの努力と情熱を費やしたのだろうか。それはきっと僕の創造を遥かに超えた世界に違いない。

世界には、戦争や犯罪、宗教や政治、歴史や人種、国籍や国境といろいろな問題や障壁が存在する。でも“夢を追いかける”そこには何も障壁はない。それが何歳であろうと、何処であろうと、人種が何であろうと。

昨日の会話ではそんな事を強く考えた。彼の鋭い目と優しい笑顔が僕に”夢を追いかける勇気”を再確認させてくれた。そして彼がもしかして僕にも対し同じ想いを抱いていてくれたら、それこそ僕にとって大きな喜びとなろう。

Drive our dreams
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by ny_since1999 | 2007-07-07 23:44
2007年 07月 04日

独立記念日

a0100263_2224187.jpgJuly 4th という日はアメリカ人にとって特別な日。そう、アメリカが英国から独立した“独立記念日”である。そしてくしくも僕の留学先は、その独立が宣言された街フィラデルフィア。更には、僕が属する大学University of Pennsylvania は、アメリカ独立宣言に署名した人物、ベンジャミン フランクリンによって創設された。話は、そこで終わらない。僕が日本で属している企業の創立も同じくJuly 4th。そう、僕とこのJuly4thという日は 不思議な形でつながっている。アメリカ人の原点とも言うべきこの日に、僕がこの街に存在できるというのも一つの運であろう。

かつて、マーティンルーサーキング牧師は社会に向けて演説を行った。かの有名な“I have a dream”である。あの演説の最後に“let freedom ring”という言葉が発せられる。僕はそのphraseが好きでたまらない。

This will be the day when all of God's children will be able to sing with new meaning "My country 'tis of thee, sweet land of liberty, of thee I sing. Land where my fathers died, land of the Pilgrim's pride, from every mountainside, let freedom ring!"

And if America is to be a great nation, this must become true. So let freedom ring from the hilltops of New Hampshire. Let freedom ring from the mighty mountains of New York. Let freedom ring from the heightening Alleghenies of Pennsylvania. Let freedom ring from the snow-capped Rockies of Colorado. Let freedom ring from the curvaceous slopes of California. But not only that, let freedom, ring from Stone Mountain of Georgia. Let freedom ring from every hill and molehill of Mississippi and every mountainside.

When we let freedom ring, when we let it ring from every tenement and every hamlet, from every state and every city, we will be able to speed up that day when all of God's children, black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants and Catholics, will be able to join hands and sing in the words of the old spiritual,

"Free at last, free at last. Thank God Almighty, we are free at last."


July 4th。そして“let freedom ring”

ならば行こう。
“自由の鐘”へ
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by ny_since1999 | 2007-07-04 23:49