Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2008年 02月 28日

Japan Trek

現在、Wharton生の皆さんは、来週から始まるfinal examの準備に追われている。もちろん僕もその一人。ただ、僕ら日本人は、試験勉強をする時間もないほどにとあることの準備に追われている。そう、Japan trek。 3月7日僕はおよそ150人のメンバーとアメリカを発ち、8日に大阪に上陸する。

およそ3ヶ月前に始まったプロジェクト。逆に言えば、もう3ヶ月が過ぎようとしている。正直、僕はこの企画に参加するか迷った。なぜなら、このプロジェクトのために相当な時間を費やさなければならないからだ。言わずもがな、その分、勉強時間が犠牲になる。ただでさえ、日々ついてゆくだけで必死な自分にこれ以上の負荷はかけられない。そう思って、最初は参加に躊躇していた。でも、ひとつの思いが僕を決断させた。

「この世界から集まった人たちに日本という国を紹介したい。 僕の生まれた国を」


集まった日本人は15名。
集まった外国人は135名。
計150名で、大阪、京都、広島、名古屋、そして東京を8日かけて駆け抜ける。

きっと、この経験は僕がwhartonで経験する中でも最も記憶に残る一ページになるに違いない。

その前に、まずは試験を突破せねば!
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by ny_since1999 | 2008-02-28 20:57
2008年 02月 22日

My team

僕のlearning team には僕のほかに4人のメンバーがいる。彼ら、彼女らと出会い、はや数ヶ月。課題をこなしてきた数だけ、互いの距離も随分と深まったといえよう。

ファイルを整理していたら、写真を発見。
以前、チームのメンバーと共にメキシコ料理レストランに行ったときの写真。


This is my team.

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by ny_since1999 | 2008-02-22 23:14
2008年 02月 21日

Make it shorter

ウォートンという学校にはいくつもの魅力がある。世界から集まった、多くの若者たち。そしてその勢いに負けじと、必死に学生たちに挑戦する教授たち。その混沌とした世界から生じる化学反応は、どこにも存在し得ない空間を日々創りだしている。自信をもってそう言える。

でも、もう一つウォートンの魅力を忘れてはいけない。そう、それは多くのいわゆる“大物”が学校に来てスピーチをしてくれることだ。これは、“ウォートン”という名前があるからこそできる技。僕はその機会を絶対に活かしたい。

今日は4時半からとある“大物”のスピーチを聞きにいった。ドイツで生まれた世界を代表する企業、シーメンスのCEO Klaus Kleinfeld氏のスピーチ。a0100263_12174662.jpgシーメンスと言えば、世界190カ国で事業を展開するバケモノ企業。それ以上の規模で事業を世界展開するのはコカコーラくらい。従業員数十万人を抱え、マクロエコノミーにも大きな存在感をし示す。その歴史は古く、誕生は1847年。日本との付き合いも長い。日本の各地に維新の風が吹き荒れる、1874年に日本には上陸している。以来およそ140年。

悠久の時を超え、僕は、そのCEOと今日、同じ空間を共にした。

さぁ、スピーチが始まった。
氏との距離は10meters。

彼のスピーチの間、僕は彼の話を聞きながらも違うことを考えていた。
彼のスピーチの間、僕は正直彼の話を聴いていなかった。
スピーチなど、むしろどうでもよかった。


僕は、こう考えていた。
彼は日々何を考え生きているのだろう。
数十万人の上に立つということはどういう感覚なのだろう。
何が彼をここまでにさせたのだろう。
何が彼をここまで走らせたのだろう。
僕との違いはどこにある?


拍手

公聴者全員が彼に向けた。

氏との距離はほんの10meters.
近いようで遠い10 meters.
僕はその間に気の遠くなるようなinfinite(無限)の距離を感じていた。
それは、まさに世の中に影響力を持つ者と持たない者の差であった。

Can I make the distance shorter?

I will.
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by ny_since1999 | 2008-02-21 23:20
2008年 02月 13日

I know that I don't know anything

随分と更新が遅れてしまった。どうやら、“また”僕は、時間に追われているようだ。MBA生活が始まって以来hundreds days。僕は、秀才の皆さんのように、“軽くこなし、socialize へ行く”ということはできていない。週末もいつも勉強。これは参った。

月日が流れるのは本当に早いもの。つい先日、第三クォーターが始まったと思ったら、もうそのクォーターも終焉が見えている。時間に追われていては駄目だ。時間を追いかける、そうでなくては。とある有名な経営者が昔言っていたっけ。 ”時間に追われてはだめだ。時間に飲まれはだめだ。時間を追わなければだめだ。時間を飲まなければだめだ。だから、ボケーとするときは、ボケーとすると心に誓い、情熱をこめてボケーっとしろ”。

僕は、この第三クォーターでコア(一年生が強制的に受講しなければならないコース)に加え、二つ追加的にコースを受講している。それはAdvanced corporate finance(ACF) とEntrepreneurship。とりわけ、ACFには随分と時間を奪われている。簡単言えば、企業を買収する際のテクニックなどを過去の事例を通して学ぶ授業だ。クラスの皆も、飛びぬけて頭がキレル。実際にM&Aを経験してきた人の発言には、正直“感動”の一言。ワークロードが極めて多いのは堪えるが、もっともexcitingな授業でもある。

MBAという学問は、本当に多くの場を学べる場だ。これまで、一度も見たことも、聞いたこともない情報が常に飛び交っている。成績でトップ10%に入るよりも、成績でA+をとることよりも、僕はその学んだことを卒業後に如何に現実社会で使えるかにこだわりたい。(もちろん、優秀な成績をとればそれは少なくとも卒業後のパフォーマンスに影響しているだろうが・・)。

カッコつけず、正直に、この学べる環境を大切にしたい。

無知の知
Sokrates

自分が知らないということを知れること、それは僕にとっては大切なこと。
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by ny_since1999 | 2008-02-13 23:59
2008年 02月 03日

教育

僕は、先生の血をひいている。というほどでもないが、僕の家族は先生一家。母は中学校にて勤務し、姉も小学校で先生を。父も元々は先生になる予定だった。(途中で路線がずれたが)。そういうこともあり、“教育”というものに、僕自身深い関心を持っている。

読者の皆さんは、どういう“先生”が思い出に残っているだろうか?きっと、良いこと、悪いこと、様々な思い出があるに違いない。

これは、皆同じだと思うが、どんなに幼少期に教わった先生であろうと、“嫌な”先生は今でもはっきり覚えている。そして、“素晴らしい”先生も同じく、否、それ以上にはっきり覚えている。子供たちが、“良い”先生に出会えるかどうかは、その子達の人生に計り知れない影響を及ぼす。きっと、読者の皆さんも同意できるポイントではなかろうか。少なくとも僕はそうだった。

実は、僕は昨日、ひょんなことから、次のものを再び見ることとなった。これは、僕がもっとも感銘を受けた現実の話であり、今でも僕の宝。右のライフログの一番上に位置していることは、偶然ではない。


その一
その二
その三
その四
その五


教育とは、教科書を教えることではない。“心”を育てること。僕はそう思う。

僕が知る限り、このブログは、少なくとも3人の先生に読まれている。

先生、
あなたたちの役割は大きい。
是非子供たちに“感動”できる場を創ってあげてください。
“夢”を追いかけること、その大切さを気づかせてあげてください。
それはあなたたちのmission。
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by ny_since1999 | 2008-02-03 23:56
2008年 02月 02日

日本という国

a0100263_2562410.jpgTime flies. 異国の地へ来て、随分と時間がたった。アメリカでの生活も随分となれた。「住めば都」という言葉があるように、どんな地でも住んでいれば、それなりに良いところも見えてくる。時には、日本のダシのきいた味噌汁と納豆を朝ごはんで食べたくなるが、こちらではその納豆は冷凍食品しか存在しない。言わずもがな、そんなものは、日本人の僕には決して受け付けることのできない代物。でも繰り返すが、僕はそんなアメリカでの生活に随分となれた。

さて、本題に入ろう。

昨今、僕は”日本“という国をよく考える。日本人として、異国に住む日本人として、日本のことを考える。

1989年12月。日経平均は“雲”に達した。戦後、全てを失いゼロからの出発。明日を、未来を、そして坂の上の雲をめざし、国民が一丸となり走った時代。だが 猛き者はついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ。そう、時代は変わった。

あれから、20年。日本の経済は、あの活況を今でも再現できてはいない。日本の社会構造も多くが変わった。リストラ、終身雇用の撤廃、年功序列という意識も随分となくなった。少子高齢化は更に進み、時を同じくし、フリーター、ニートという若者たちが跋扈するようになった。そういった若者たちに、“ゆとり”を与えるべく、今、お偉いさん達は“ゆとり教育”を必死に議論している。これ以上ゆとりを与えて何を創りたいのか?一方、国はこの20年、あの活況を再現するために、多くの“国民”お金を企業再生のために投じた。金融ビッグバンを始めとし、数限りない政策も試みられた。多くの起業家も生まれた。でも、“出る杭は打たれる”が如く、国に潰された起業家も、記憶に新しい。ふと気がつけば、国は国民に謝っているではないか。「年金のデータを残していませんでした。ごめんなさい」。

日本は、何をしているのだろう。どこに向かっているのだろう。これからの20年。
日本はいずこへ。

今、僕はWhartonでとあることを企画している。名づけて“Japan trek”。これはWhartonの学生を日本に連れて行き、日本の生活、文化を体験してもらう、所謂旅行のこと。企画者の日本人メンバーは15名。僕はそのうちの一人。皆、それぞれの役割を持ち、今必死に準備を進めている。

先日、Whartonの学生全員に向け、申し込みを開始した。驚くことに、たったの数分で数百人からの申し込みがあったのだ。僕たちの想定している人数はおよそ130名。その枠はおよそ4分で埋まったそうな。僕は、多くの外国人が日本に興味を抱いてくれた事実に、心が躍った。同時に、一つの疑問が脳裏に生じた。この20年間、政治も、金融も、経済も2流だった日本にどうして、これだけ多くの人が興味を抱いてくれるのだろう。あの殺到した多くの申し込みは、僕に、日本とういう国の可能性を感じさせた。

2008年3月8日。僕達は、総勢150名のwharton生と共に日本に上陸する。彼らに日本という国は一体どう映るのか。きっと、その答えは、これからの日本が歩む20年に何かヒントを与えてくれるに違いない。そしてその先にあの活況が、この坂の上にあるであろうあの雲が、僕たちを待っていることを切に願っている。そう、一日本人として。


Welcome to Japan.
produced by wharton Japan
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by ny_since1999 | 2008-02-02 11:32