<   2008年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧


2008年 03月 29日

働くということ

"働くこと"、それは金のためなんかじゃない。
”社会に足跡を残す”
それが僕が働く理由のひとつ。

Why do you work?

a0100263_1214817.jpg

[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-29 13:14
2008年 03月 23日

one year old

一年がたった。あの日、Wharton Schoolから合格通知を受け取ってから一年が。思えば、このブログを書き始めたのも、あの日から。

あっという間だった。この一年、本当に多くのことを経験させてもらった。とりわけ渡米してからの9ヶ月は、本当に密な毎日だったといえる。MBAに対する大きな夢と期待を胸に米国へやってきた。でも現実は、想像を絶するほどの過酷な毎日が僕を待ち受けていた。留学生としてこの地で生きていくのは、決して簡単なことではない。それを心底教えられた。

でも、きてよかった。多くの面で新たな自分を見つけることができた。そして多くの仲間もできた。そして、世界のレベルを知ることができた。

一年後、きっとまた僕は、今日のこの瞬間を振り返るだろう。
その時、僕には何が見えるだろうか。
それは、明日からの自分にかかっている。

まずは明日の予習から始めよう。

a0100263_13181727.jpg
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-23 23:14
2008年 03月 15日

Day8

多くの仲間たちが朝フィラデルフィアに向けて出発した。僕は、一日延泊するために、日本に残る。彼ら、彼女たちの背中を見ることは何となく、寂しいもの。それは、これから始まる嵐のような毎日に気づかされた瞬間でもあった。

Japan trek 2008が幕を閉じた。あっという間だった。アッという間だった。30近くにもなり、これだけの青春をできる僕は幸せだ。

準備に要した時間は数ヶ月。オーガナイザー間でも意見の相違から幾度も衝突はあった。とりわけ、日本へ向かう直前はテストと同時並行での準備。皆ピリピリしながらの準備だった。

でも僕達はやり遂げた。135人の世界から集まった多くの若者たちに、「日本」というものを伝えられた。自信をもってそういえる。京都、広島、TOYOTA、名古屋、箱根、そして東京。僕たちが、手作りで創りあげたこの旅が伝えるメッセージは、135人、一人ひとりの心の奥底にまで届いたに違いない。

僕には、一つ夢があった。

自分が生まれたこの国に、いつの日か外国の地で出会った仲間たちを連れてくる。そして日本という国を学んでもらう。

夢はかなった。

最後に、
共に走った14名の日本人オーガナイザーに心からの感謝の意を表したい。

仲間たちよ、ありがとう。
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-15 23:17
2008年 03月 14日

Day7

最終日。午前中に僕は二つの企業を訪問することになっていた。行き先は、楽天とソニー。これはオプショナルのツアー。希望者およそ20名を引きつれ同社に向かう。最初は、楽天。個人的には三木谷氏にも挨拶をしたかったところだが、生憎会うことはできなかった。出迎えてくださったのは、取締役の野田氏。出身は三木谷氏同様HBS。MTGでは多くのきわどい質問が楽天に放たれた。急成長する企業の無限の可能性、そして急成長するが故の企業としての多くのひずみがMTGの中から感じ取れた。これから世界展開する楽天。日本のベンチャースピリットを是非世界へぶつけていただきたい。

次に向かったのはソニー。ソニーでは、同社の方とのMTGを設けることはできず、社内の見学と新商品の紹介を受けた。ソニーと本田は、戦後に生まれた企業。およそ半世紀で、世界をリードする会社になった。日本の高度経済成長を成し遂げた、メインプレイヤーの一社だ。そんな企業の中枢に一歩でも足を踏み入れることができ、言葉にはならない興奮と感動が胸の中では沸き起こった。今後の活躍に期待したい。

企業訪問を終え、ホテルへ。今日はJapan trek 2008の最終日。最後のパーティーは三菱商事本社の最上階に位置する三菱クラブにて開催された。そこは、普段は役員しか使用できない場所だそうだ。ウォートンの同期の三菱商事の人が頑張ってくれたおかげもあり、特別にパーティー会場として使用できる運びとなった。

パーティーの中では、一つサプライズがあった。135名の参加者が秘密に15名の日本人オーガナイザーに対しプレゼントを用意していた。中には涙ぐむ人も数人。言葉にはならない思いを胸に、最後のパーティーを楽しんだ。

二次会は、西麻布のクラブmuseへ。

そこから先は、想像にお任せしよう。

部屋に着いたのは午前4時。

2時間半後には最初のグループがフィラデルフィアに向けて出発する。僕は、皆を見送るためにロビーへ向かった。
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-14 23:16
2008年 03月 13日

Day6

今日は、自分が日本で属す組織へ出向し、僕のボスと昼飯を。その後、上野に向かい、自由行動を楽しむウォートン生の簡単なツアーガイド。

夜は、オプショナルディナー。およそ10名の学生を引き連れ、新宿高島屋にあるすき焼きや“今半”へ。一人1万円ちかくにも上る高級店。僕は引率といいながらも自腹を切らなければならないため、正直、自分自身本格的に楽しむことに。久々に食べたすき焼きは、本当に上手かった。フィラデルフィアに戻ったら二度と食べれないことを考えながら、ひと時の至福の時間を楽しんだ。

その後、参加者の多くがとあるバーに行きたいと口をそろえる。バスの中で上映した、「lost in translation」に出てくる高級バーだ。ホテルにも近いこともあり、僕は、希望者を新宿のパークハイアットの最上階にあるバーレストランに連れて行った。

予想以上の絶景だった。久々に見た東京の夜景。東京を離れおよそ1年。今こうして、多くの外国人を連れ、東京に存在する自分。多くの思いが頭をよぎりながらも、僕は仲間たちとの時間を心底楽しんだ。
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-13 23:16
2008年 03月 12日

Day5

気がつけば僕はベットの上に。一体に何時に寝たのだろう。それだけに前日の宴会は“極”に達した。仲間たちと朝風呂に入り、日本食を食べ、出発に備える。

次の目的地は、いよいよ東京。

さすがに、バスの中では前日の大宴会のせいでほとんどの人間がぐったりしていた。それも当然のことだろう。

2時間のドライブ。ついたのはホテルニューオータニ。そこで、とある人の公演を聞くことになっていたからだ。とある人とNTTドコモの夏野氏。夏野氏とは知る人ぞ知る大物であり、あのi-modeを創った自分である。今、世界からもっとも注目を集める日本人の一人といっても過言ではないだろう。実は夏野氏もWhartonを95年に卒業しており、僕の先輩になる。今回、Whartonの後輩150名が日本に訪れるということで、忙しいにも関らず特別スピーチをしてくださった。

本当に面白かった。150名の学生をうならせるスピーチであったと言える。スピード、切れ味、そしてユーモア。もちろんスピーチは英語。にもかからず、あれほどまでに欧米人をうならせることのできる日本人は本当に稀。同じ日本人として、本当に多くを学んだ瞬間だった。英語の上手い下手ではなく、やはり話す、話せる内容があるかないかが勝敗を分ける。たった1時間のスピーチだったが、僕を含めた全員が楽しめた時間となった。

その後、ホテルに移動。宿泊先は京王プラザホテル。倒れこむように床に就いた。
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-12 23:15
2008年 03月 11日

Day4

目的地は、TOYOTA。京都から豊田市までの道のりはおよそ2時間。バスの中では、昨日の疲れで寝ている者も少なくなかったが、多くの人間がこのTOYOTA訪問を楽しみにしていた。なぜならMBAの中でTOYOTAを学ばない学校はない。“kaizen”、“andon”、“jidouka”のように、日本語をそのまま使用した形で教科書にはTOYOTA wrodsが登場する。それ故に学生の関心もかなり高かったといえる。訪れたのは堤工場。もっとも有名な工場の一つ。

工場内をおよそ1時間半かけて見学。正直、TOYOTAがなぜ世界へNo1の企業でいれるかがわかったような気がする。ラインに流れてくる様々な種類の車を腕型のロボットが瞬時に溶接作業をこなして行く。想像を遥かに超えた、テクノロジーにのshowに多くの人間が言葉を失っていた。それほどにインパクトのある光景だった。隣を歩いていたGM出身の人が、こういっていた。「GMはTOYOTAには絶対に勝てない」

見学の後は、TOYOTAのお偉いさんとのセッション。内一人がWhartonの卒業生の中村さん。ここでもWhartonの世界規模のネットワークに驚かされる。

見学を追え、バスは温泉地箱根に向けて出発。

およそ4時間の移動後、硫黄の匂いが漂う箱根に到着。オーガナイザーは直ちに大宴会の準備に奔走する。19時半、皆が浴衣を着て登場。なんと面白い光景か。135人の外国人全てが浴衣をまとい、畳に座る。そんな光景は未だかつて見たことがない。

僕は、日本の文化をとにかく伝えたかった。皆の席に回り酒を注いだ。酒を注ぐとき、注がれるとき、両手を使うことを教えて回った。

あれほど盛り上がった時間はかつてどれほどあっただろうか。150人の学生たちが浴衣をまとい「ドンちゃん騒ぎ」が始まった。僕も、記憶が失うまで、酒を飲むことを決意した。ジャパニーズサムライといわれては、こちらも引けない。挑発の仕方をよく知っているものだ。

記憶に残る素晴らしい大宴会となった。

a0100263_1331669.jpg

a0100263_1375894.jpg

[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-11 23:14
2008年 03月 10日

Day3

正直この日をもっとも恐れていた。なぜなら、訪問地の数と、移動距離が今日が一番多いからだ。右も左もわからない外国人135名を、一人も見失うことなく速やかに移動することは本当に至難の業。

目的地は広島。朝8時36分京都発の新幹線に乗車すべく、ホテルでの点呼が始まる。「○×はまだ寝ているのか?」「皆チェックアウトしたか?」

無事プラットホームへ。ところが、新幹線が京都駅に止まるのはほんの2分。ドアがついた瞬間に、一気に皆を押しこむ。150人が乗るにはどうしても数分かかる。「早くのれ~~」あの時の光景が今でも目に浮かぶ。

無事に乗車、目的基地の広島に向かって、一気に走る。外国人にとっては新幹線そのものがシャッターチャンスの一つ。乗車中は、皆写真を取り合ったりと忙しくしていた。

目的地の一つは宮島。世界遺産に登録されている厳島神社へ向けてフェリーに乗り込む。そんなこともあり、今日は一日中点呼をしていたような気がする。この日も天候に恵まれ、旅行者には本当に多くのシャッターチャンスがあったに違いない。

昼飯は、名物の“牡蠣”。生牡蠣と焼き牡蠣を食べる。日本人であることを思い出した瞬間であった。

次の目的地は、平和記念公園と原爆資料館。ここは、予想以上に大きな印象を学生たちには与えたようだ。参加者の中には、資料館の中で涙ぐんでいたものも数人見かけた。

4時20分になった。集合時間だ。
4時30分になった。集まった人数はほとんどゼロ。
正直あせった。なぜなら5時半の新幹線に乗らなければならないためだ。指定席で予約しているため、その新幹線を逃すと、数百万円の損失が生じる。オーガナイザー全員が走った。「皆、急げ!時間がない!」

僕は、平和記念公園へ走った。「Is there any Wharton student here?!」
その時、一人のアメリカ人女性を発見した。ウォートン生だった。彼女は、折り紙を持っていた。何度も失敗しながらも、折鶴を折ろうとしていた。僕は、その光景に感動した。彼女は、アメリカ人として多くのことを考えていたに違いない。そしてその思いを日本の文化である折鶴に託そうとしていたのだ。

僕は、ジレンマに陥った。新幹線の時間まであとわずか。
僕は、彼女の行為をそこで止めた。二人でモニュメントの前に立ち、お祈りをした。折りかけの鶴をそこに託した。そして、彼女の手をつかみ共に走った。

無事に新幹線に間に合った。
名古屋に向けて、車輪は動き出した。

でもあの瞬間以来、僕は自分のとった行動に罪を感じていた。彼女の思いを台無しにしたからだ。無論、新幹線に乗ることが、とにもかくにも最優先だが、一個人として僕は自分のとった行動が嫌いだった。その夜、僕は彼女と偶然出会った。彼女の気持ちに対し、一日本人として、再度感謝の意を伝えた。彼女のその時のスマイルを今でもはっきりと覚えている。

言葉にはならない、何か大切なものを学んだ一日となった。
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-10 23:12
2008年 03月 10日

Day2

今日は、京都を観光。僕は、正直京都のことを知らない。だから、自分としても随分前から京都の観光は楽しみにしていた。訪問地は、清水寺、金閣寺、竜安寺。天候にも恵まれ、正に観光日和の一日となった。

お昼は、竜安寺の中にある、湯豆腐にて食べる。大量の外国人が畳に座り、湯豆腐を囲み、どんぶりを持ちながら食す光景は不気味ともいえるが、きっと、その一つ一つが参加者にとって良い思い出になったに違いない。

夕食は、オプショナルディナーツアー。僕の担当は、地元でも有名な回転寿司「すしの武蔵」に、学生を連れてゆくこと。次から次へと運ばれてくる寿司を素早く説明しながらも、一番その時間を楽しんでいたのは自分に違いない。久しぶりに食べた、日本の寿司。やはりフィラデルフィアで食べるものとは全く異なる。 
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-10 23:08
2008年 03月 08日

Day 1

ほとんど眠れなかった。

Japan Trek 2008がついに始まる。
押し寄せる興奮は、僕に眠ることを許さなかった。

4時、家を出て出発。タクシーにて空港へ。

空港には、既に多くのウォートン生が集結していた。その多くが今回初めて日本を経験することとなる。彼らのその興奮は空港の温度を一度も二度も上げていた。

フライトは良好。サンフランシスコにて乗り換え。そして第一の目的地、KIX(関西国際空港へ)。フライト中、既にpartyは始まっていた。学生たちが最後部にあつまり、次から次にワインのふたをあける。他の人からすれば全くの迷惑。一体誰がそんなものを誘導しているのだ? 正直言おう、それは僕だ。

機長から、アナウンスがあった。
「当機は、KIXに今到着しました。そして、Wharton Japan trek 2008. Welcome to Japan.」
機内では一気に拍手が巻き起こった。

旅はついに始まった。

空港では、前日に大阪入りした、3人の日本人が待機。出口付近で、ウォートンの旗を持ち我々を出迎えてくれた。そんな時に、一つの情報が届いた。「ノースウェストの到着が2時間半遅れる」。それは衝撃的なニュースであった。僕が登場した機はユナイテッド。そこには40名の学生しか乗っていない。他のおよそ100名はノースウェストと共に空の上に。

あせった。なぜなら、21時半からは京都市内にある、和民にてwelcome partyを企画していたからだ。既に、店では用意が進んでいる。だから実際に時間通りにこれるのはおよそ1/3の50名。しかも、一般的に、居酒屋を予約した場合、使用できるのは2時間。即、店に連絡し事情を説明。幸運にも、お店の計らいにより店の使用の許可を得た。ひとまず、ユナイテッドにて到着した50人をまず 店へ向かわせる。そのバスのガイド役はこの僕。

2時間のドライブの後、ワタミに到着、広い店内に多くのスペースを残しながら、先に着いたメンバーだけで乾杯をした。
「welcome to Japan. It is a great honor for us t welcome you here. Please enjoy the trip we designed. I promise you it’s gonna be the unforgettable trip in your life. Kanpai!」

2時間半後残りの2/3のメンバーが無事到着。ついに150の学生がそろった。午前一時。partyはひとまず終了。僕は、他3人の日本人オーガナイザーと共にラーメン屋へ。数ヶ月ぶりに食べたラーメンの味は、本当に僕を感動させた。「お疲れ様。やっぱ日本っていいね」
[PR]

by ny_since1999 | 2008-03-08 23:06