Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2008年 08月 31日

Not currently engaged in Employment, Education or Training

興味深い情報を見つけたのでここで読者の皆さんと共有しておきたいと思う。

少し古い情報ではあるが、中国青少年研究センターなどがまとめた青年に関する報告によると、中国の16~35歳のニート人口が2005年に約1216万人に達し、若者の就業率が低下していると指摘した。(2007.12.12)
★ニート(NEET: Not currently engaged in Employment, Education or Training)は「通学せず、仕事に就かず、職業訓練も受けていない人」。

尚、日本では15~34歳の年齢層で62万人(06年)程度だそうだ。(共同)  単純で浅はかな計算ではあるが、中国の人口(13億人と日本の人口(1.2億人)を考慮すると、中国の方が単位人口当たり2倍のNEETが存在ことになる。

この背景には様々な要因があろう。だが、一人っ子政策が大きく影響していることは確かだ。女の子のファッションいけてる度指数でも述べたが、昨今、中国の都市部の若者たちは小皇帝と呼ばれるほど甘やかされて育っている。(もちろん、これは全員ではない)。このことが、NEETの増加という形で表れていることは否定できない事実だと思う。

昨日、僕と同じ年の中国人の友人と二人で夕食を共にした。その際に、彼に僕は一つの質問をした。「中国の若者たちをどう思う?」 彼はこう答えた。「熱意のある人間が必死に勉強し、夢の実現へと必死に走るのはどこの国も一緒。だけど、中国は構造的に大きな問題がある。それは一人っ子政策だ。都市部に住む多くの若者が甘やかされて育ち、夢すら持てなくなっている。」

きっと、中国のNEETも日本のNEETも今後も更に増加することだろう。生憎、今の僕の力では、この時代の愚かな潮流を止めることはできない。でも、何もできないわけではない。少なくとも一つできることが僕にはある。それは、僕自身が夢追い人となり、しっかりその背中を若者たちに見せること。

僕も9月で30歳。いつしか、自分より若い世代を若者なんて呼ぶようになっちゃったな。
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by NY_since1999 | 2008-08-31 18:13
2008年 08月 29日

中国の未来

北京の中心地、天安門を通った。久々にこの地を訪れた。北京に来るのは一年と半年ぶりだけど、天安門は3年ぶりになるだろうか。天安門広場からは、オリンピックで賑わったあの活況が閉会から数日たった今でも時を越えて僕の中に伝わってくる。

僕は、この地にくるといつも同じことを考える。それは歴史に刻まれた大事件天安門事件のことだ。あれから随分と長い年月が流れた。中国という国は、大きな変貌を遂げた。国家の繁栄の象徴、オリンピックも盛大に開催された。でも、中国がいかに発展しようと、僕は天安門に踏み入れる度に言葉にならない思いに襲われる。 物質的に潤う中国の若者たち。彼らは、果たして、自分たちの親の世代が自由を追い求めて国家と戦ったことを知っているのだろうか。(過去のレポート)。

僕は今北京でブログを書いているわけだが、実は中国国内のPCからは僕のブログは読めないことになっている。そう、情報が規制されているのだ。だから、僕は現地の生の情報を伝えるために、ある特殊なルートから自分自身のブログを更新している。 スパイ罪でつかまらないといいが。。。

中国の発展成長という栄光の陰に潜む多くの矛盾。中国には、まだ日本で僕が持つほどの自由はない。かつて、若者たちは天安門でその自由を求めて闘った。物質的に潤いつつある若者たち、そして一人っ子政策でそだった若者たち。彼らは将来如何にして自由を追い求めてゆくのかな。
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by NY_since1999 | 2008-08-29 11:23
2008年 08月 28日

女の子のファッションいけてる度指数

ビッグマック指数というものを読者の皆さんは聞いたことがあるだろうか?これは購買力平価の一つで、マクドナルドが販売しているビッグマックの価格で各国の購買力を比較し、算出した購買力平価のこと。イギリスの経済誌エコノミスト(The Economist)が発表したものが起源となっている。

先日、筆者が属している某学会より、“女の子のファッションいけてる度指数”といものが発表されました。これは女の子がいかにファッションにこだわっているかが、国民一人当たりのGDPに極めて強い相関を示すことが起源となり筆者により発明された指数のことで、国民一人当たりのGDPを推定するときに使用されるデータの一つである。(尚、この指数は学術的には全く根拠のないもので、筆者が勝手に呟いているものである)。

その“女の子のファッションいけてる度指数”によると、北京のその指数は加速的に上昇している。僕が一年前、訪れた時よりも格段レベルが上昇している。これは、以前僕が上海などで確認した際の指数をまた飛び越えるレベルだ。それは思わず見とれてしまうほどのレベル。「うっ、おっ、俺としたことが・・・・・」

さて、冗談はさて置き、このことから何が言えるのか?もちろん、以下のことは容易に連想できる。
-衣料品、ファッション業界の市場拡大
-化粧品/エステ市場の拡大

だが、話はもっと深く、まったく異なる、とある質問に帰結するように思う。それは「中国の製造業の生産地としての役割がいつまで続くのだろう」だ。これまで、中国は安価な労働者を無尽蔵に供給してきたことは周知の事実。でも、時代は少しずつでも確実に変わり始めている。以前、このブログでレポートを書いたけれども、若者たちは“富”を求め始めている。(以前のレポート)。そこに拍車をかけているのが、国策で適用された一人っ子政策。驚くなかれ、政策適用後すぐ生まれた子供はもう29歳。そう、政策開始から既におよそ30年が過ぎ去っている。中国には一人子政策で生まれた子供たちを表現する“小皇帝”(シャオ ファン ディー)という言葉がある。これは読んで字の如く、小さい頃から甘やかされて育った子供たちを意味する言葉だ。たった一人の子に両親と、二組の祖父母、計6人の愛を存分に受け取って育った子供たちが今、成人を過ぎ社会に出てきている。つまり、遠まわしになったけれど、中国の多くの若者たちは物質的に満たされ始めており、かつてのブルーカラー的な仕事など興味がなくなってきている。そして、この潮流は日々加速している。僕は“女の子ファッションいけてる度指数”の高さは正にそれを表していると考えている。もちろん、大都市北京とその他の地域を単純比較すること自体が不可能だし、現在のところは農村部の未だ無尽蔵ともいえる労働者たちがブルーカラーの仕事に労働力を供給しているのも事実。だが、5年、10年、20年の時間軸で見た場合には、労働力の確保が今と同じやり方では通用しなくなるに違いにない。事実、すでに製造業のメッカ、広東省一体の人件費は年利二桁の勢いで増加している。これは人材の確保の悪化を如実に表わしている。そして、その結果、多くの企業が中国からベトナムや他の地域へ生産地を移し始めている。

かつて、日本の“女の子ファッションいけてる度指数”も加速的に上昇時代があった。国民の所得は鰻上りに上昇し、生活水準は加速的に高まった。プラザ合意など様々な背景があるにせよ、結果的に、企業たちは安価な労働力を求めて海外に生産地を移した。

となると、次なる質問が脳裏をよぎる。中国が製造地でなくなったら、今度は何で飯を食うのだろう。農業?シンガポールや香港のように金融? それで数億人の雇用をどう確保するのだろうか?繰り返すが、このことは決してすぐ起こるような問題ではない。だが、いずれ中国は13億人を潤すだけの雇用を真剣に考える時期が来るに違いない。
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by NY_since1999 | 2008-08-28 23:48
2008年 08月 26日

北京へ

「白猫でも黒猫でも、ねずみを捕る猫が良い猫だ」というスローガンの下、文化大革命で失った有形無形の富を復元復興、発展成長させるべく、1978年に中国は走り始めた。そう、鄧小平により点火された「改革開放」。あれから30年。中国は、天安門事件を始めとし、多くの山と谷を経験した。そして今日、中国は大国となった。

2008年8月24日、改革開放30年の節目として中国が肝煎りで開催した北京オリンピックが盛大に幕をとじた。中国が大国であることを、これでもかと世界に知らしめた北京オリンピック。人々に多くの感動と大きなインパクトを与え見事に閉会した。

オリンピックとは経済発展の象徴であり、未来への、そしてさらなる発展への国家戦略的な起爆剤といっても過言ではない。オリンピックのインフラの建築は正に公共事業そのもの。建設ラッシュは多くの雇用を生み、国民の懐を潤わす。開催国へは数千、数万人の選手はもちろんのことながら、その選手たちの晴れ舞台を一目見ようと観光客も世界から集まる。世界から集まるメディアは、およそ20日間にわたり、開催地の情報を集中的に報道する。それは新聞広告に記事を載せて営業するのとはわけが違う。相乗的に生まれるその経済効果の規模は計り知れない。オリンピックとは、スポーツの祭典という名目はあるが、その本質は国家の次なる飛躍への威信をかけた、世界への戦略的営業なのだ。

思えば、日本もかつて同じ経験をしている。戦後の廃墟から立ち上がり1964年にオリンピックを実現した。そして隣国の韓国も1988年にオリンピックを実現。オリンピック開催後、両国の経済は、昇龍のごとく空へと舞い上がった。そして、いつしか両国は「先進国」と呼ばれるようになった。

では、同じことがアジア第3のオリンピック開催国、中国にも当てはまるのだろうか?このことは多くのメディアでも取り上げられているHOTなトピックの一つだが、僕自身、注目している点ではある。なぜなら、中国という国が抱える“矛盾”があまりにも多いからだ。「白猫でも黒猫でも、ねずみを捕る猫が良い猫だ」という資本主義のシステムを導入し、奇跡的な経済の発展を実現したのは事実だが、中国という国が共産党政権による一党独裁体制だということは無視できない事実。情報は常に操られ、そこには報道の自由、言論の自由などは存在しない。「何が本当で、何がウソ」なのか。中国国内で生きている限り、その解を知ることは至難の業。なにせ、中国国内では多くの情報が規制されていて、多くの外国のインターネットサイトを見ることすらできないのだから。また、今回のオリンピックでも大きな嘘が発覚された。それは開会式での大ウソ。可愛い少女が美声を披露したかと思えば、少女は実は口パクで実は歌など歌っていない。なんと歌手は違う人間だったというではないか。それを国家の威信をかけたオリンピックの開会式で、しかも世界のメディアが注目しているその中でやってしまうのが中国という国なのだ。他方では、今日でも尚続く、新疆ウイグル地方、チベット地方の独立に関する問題。陳水扁政権から馬政権に代わってからは、台湾独立の問題も随分と沈静化したが、潜在的には問題はそこに潜んでいる。そして今なお拡大する内陸、沿岸の貧富の差。各地で勃発するテロリズム。地方政治の汚職と腐敗。このように、中国に内在する問題は枚挙にいとまがない。今回、中国はオリンピックを無事終わらせはしたけど、中国という国が5年後、10年後、そして20年後にいかなる姿になっているかを予想することは本当に難しい問題なのだ。

今、僕は空港にいる。そしてこれから北京に飛ぶ。一年と半年ぶりの北京。僕はその地で何を目撃するのだろうか。オリンピックはもう終わってしまったが、その街からはきっと何かを感じることができるに違いない。そして、僕なりの中国観を改めてここに紹介したいと思う。

改革開放から30年。くしくも、僕は今年で30歳。僕の人生は、隣国で破竹の勢いで成長を続ける中国と時を同じくしていたことになる。中国が歩むこれからの30年、僕が歩むこれからの30年。その30年先には何が存在しているのだろう。アジアの新しい大国中国に一歩足を踏み入れる前に、ふとノスタルジックな風が僕の脳裏を駆け抜けた。

いざ、北京へ。
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by NY_since1999 | 2008-08-26 10:53
2008年 08月 21日

Beijin Olympic 2008

8月4日から始まった北京オリンピックも、もうすぐ終焉を迎えようとしている。多くの人もそうであったかのように、今回のオリンピックも多くの感動を僕たちに与えてくれた。

オリンピックを見るたびに思うことがある。やはり、「メダルを獲得することは本当に凄い」ということ。世界の頂点に立つために、その裏にはどれだけの努力があったことだろう。表彰式の壇上で流す彼らの涙からは、彼らの費やした膨大な“時間”と枯れることのなかった“情熱”が伝わってくる。それを見るたびに、僕も同じく涙した。

世の中には、上には上がいる。僕自身はちっぽけな人間だけど、少なくとも上昇志向だけは絶対に枯らせてはならない、そうオリンピックが教えてくれた。

くしくも、僕は来週から北京に飛ぶ。そのときには、オリンピックはすでに終了しているのは残念だが、多くのドラマを生んでくれた地へ直接足を踏み入れることが出来き、僕は幸せだ。現地からは、僕が感じたことをまた、このブログを通してお届けしたい。
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by NY_since1999 | 2008-08-21 08:56
2008年 08月 15日

終戦記念日

63年前の今日、日本国全国民はラジオから流れる天皇陛下の声を聞いた。そう、日本は戦争に負けた。

ゼロからの再出発。全てはそこから始まった。この63年間、日本が経験したこと、それは正に“奇跡”という一言に尽きる。そして日本はいつしか大国になった。日本とは、本当にすごい国よ。

今、僕は新潟の実家にいる。僕のおじいさんは、今でも元気に畑仕事に精をだしている。現在84歳。63年前、彼も戦争の渦中にいた。今年のお盆は、そのおじいさんがいつになく“戦争の経験”をこの若造に聞かせてくれた。僕は必死になって話を聞いた。それもそうだ、近いうちに、僕たちはその経験を生で聞くことはできなくなるのだから。言わずもがな、今の日本を作ってくれたのはおじいさんたちの世代。そう、MBAなどでは決して学べない”人生学”がそこにはある。

これからの60年。僕には何が出来るかな。
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by NY_since1999 | 2008-08-15 22:02
2008年 08月 09日

夢なき者に成功なし

僕は今日本にいる。日本で属している会社にて少々活動をするためだ。土曜日、仕事の関連で大阪に行くことになった。そして、とある会社にお邪魔した。その企業とは、4か月前に産声を上げたばかりの小さな小さな会社。そこに存在する世界は大企業で働く人には想像もできない世界に違いない。会社のオフィスは、マンションの部屋を利用。数人の従業員の仕事机と、来客用のテーブル。それがすべて。

その会社の経営陣を含めた全社員と、僕を含めてお邪魔させていただいた3人とで一つのテーブルを囲み、今後の戦略を議論した。決して広い部屋ではない。全員が入れば、隙間はほぼなくなる。議論の後、昼飯を。昼飯は弁当。皆で輪になり机を囲み、おいしい弁当をたいらげた。おいしかった。それは、言葉にはならない何かが僕の心に生まれた瞬間でもあった。

かつて、僕は同じ瞬間を経験している。現在、僕が属している会社のビジネスは、おかげ様で随分と大きくなった。ただ、僕が入社した時は、現在のビジネスのおよそ30分の1から40分の1の規模だった。会社の収入も少なく、食うに困る時代も経験した。そんな時、皆で集まり机を囲み弁当を食べた。その時の”卵とキクラゲの弁当”の味は今でも忘れない。時として、大奮発で追加してくれたあの煮玉子の味は忘れない。ふと、あの時の光景が少し、僕の心に蘇った。

弁当を食べた後、トイレをかりることにした。そこにはこんなことが書いてあった。

夢なき者は理想なし、
理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし
故に
夢なき者に成功なし

(吉田 松陰)

千里の道のりも一歩から。
大阪で生まれた小さな挑戦を僕はそこに見た。
いつの日か、あのオフィスから大輪の花が咲くに違いない。
なぜなら、そこには大きな大きな夢があるのだから。
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by ny_since1999 | 2008-08-09 23:24
2008年 08月 08日

ACQUA

僕は今、東京にいる。
ACQUAに行って髪をきることにした。ACQUAと言えば、日本でもトップクラスの美容室。今回は友人の紹介で初めて、そのトップクラスの世界に足を踏み入れることにした。場所は、原宿。原宿に足を踏み入れるのはおよそ10年ぶり。街には若者が集まる。原宿駅から、歩いておよそ10分。路地の奥にACQUAは僕を待ち構えていた。

僕の髪を切ってくれた人は、CHIHARUさん。ACQUAグループのトップヘアデザイナーともいえる人だ。とにかく、トップの人に髪を切ってもらうのが目的だ。僕はショートカット。切る人で物理的にそこまで違いを作るのは難しい。僕は、技術よりも、その人が何を考えているかに大いなる期待を抱いて席に着いた。

結果は想像以上。髪を切る技術ももちろんのこと、彼女は日本の美容業界の未来を考えていた。曰く、韓国ではファッションが進化しているが、それでも5年前の原宿のレベルだという。台湾や、上海でも日本のヘアデザインのセミナーなどが頻繁に記載され、インストラクターとしてよく出張するそうだ。曰く、「アジアのデザインはやはり今でも東京から生まれている。そして東京の中でもこのACQUAが業界を引っ張れるレベルに常にありたい」。彼女は、いつも夜10時半まで働くそうだ。残業代はゼロ。8時間以外の労働はすべてボランティアでやっているとのこと。とりわけ、毎日新人研修のために朝早くから職場にきて、次世代の若者のたちに自らの技術を教えているとのこと。

世の中には、一つの法則がある。
それは、どこの業界に行こうが、その業界のNO.1の人は、やはり人間としてものすごく魅力的だということ。そして、どこの業界に行こうが、その業界でNO.1は、常に夢追い人だということ。

また、一つ勉強になった。
ACQUAにいって良かった。
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by ny_since1999 | 2008-08-08 23:01