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2008年 10月 31日

生きてこそ

正直、この場に書くことが適切かどうか迷った。
だが、自分の素直な気持ちをここに記すことにする。


昨日、地元から一つの連絡があった。
同年代の知人の一人が自ら命を断った。
僕は言葉を失う以外何もできなかった。
ただ頭が真っ白になった。

何が彼をそうさせてしまったのか。
どうしてそうなってしまったのか。

昨日は、床につき天井を見上げ、ずっとそのことを考えていた。

生きるとはどういうことなのだろう。
そして、死ぬということはどういうことなのだろう。
生きたことしかない人間には、その答えは永遠にわからない。

でも、はっきりしていることがある。
それは、死んだらそれで終わり、
生きてこそ僕達にはできることがあるということだ。
そう、生きてこそ、僕達には無限の可能性がある。

もちろん人生は易しい道ではない。
成功する人いるが一方、失敗する人は五万といるだろう。
幸せだと思える人がいる一方で、自分が不幸せだと思う人も星の数ほどいるだろう。

でも、どんなに失敗しても、どんなに不幸でも、どんなに絶望が目の前にあったとしても、
生きているかぎり僕達には可能性がある。生きている限り明日がある。
上っ面のことは言うつもりはない。僕は本当にそう思っている。
なぜなら、僕もかつて死にかけたことがあるからだ。
幸い、僕は今こうして生きている。


今日、日本では自殺者数が加速的に増えている。
どうしてそうなってしまったのか。
僕たちは、この現実を決して無視してはいけない。
僕たちは、この現実に対して何ができるのかを考えなければならない。

大それた事は必要はない。
少なくとも僕たちには一つできることがある。
それは、僕たち自身が必死に生きること。
何事にも屈することなく、己の人生を全うすること。
そして、そんな僕たちの姿が悩める人たちに何か力を与えることができたのならば、その時、僕たちは大きな役割を果たしたことになる。

人生は生きてこそ、困難がある。
でも、人生は生きてこそ、成功もあり、感動もある。

この瞬間、僕はそう自分自身にも言い聞かせている。
そして、今日を生き、明日生きたい。



May your soul rest in peace.
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by ny_since1999 | 2008-10-31 18:19
2008年 10月 30日

It’s a Sony

冷たい風が街を吹き抜ける。
キャンパスを埋め尽くす落ち葉たちは、秋の終わりを僕に告げる。
フィラデルフィアの街は今、着実に冬に向かって前進している。
アメリカに来て二度目の冬。

早いもんだな。

僕は今、多くの科目のプロジェクトに時間を随分と奪われている。その一つがM&A corporate developmentで課されたもの。課題内容は、簡単に言えば、現在・過去・未来(仮説)でおこった(起こりうる)買収合併、あるいはアライアンスを題材にし、実際のdeal processをクラスで習ったツールを用いて分析し、次なる展開を提案するというもの。

これはチームの課題。僕のチームにはサムスンとソニーから来た人間がいたこともあり、僕たちは、2004年にあったソニーとサムスンよるLCDパネルのJVをプロジェクトのテーマに選んだ。そして今週末がそのdraft(下書き)の提出期限。そんなこともあり、昨今はソニーとサムスンのことで頭がいっぱいになっている。

ソニーとサムスンの歴史を簡単にまとめていた時に僕は大きな衝撃を受けた。それは、二つの企業には決定的な違いがあるからだ。

それは”innovation”。

ソニーがこれまで世の中に対して“創造”してきたものは、サムスンとは比較にならない。トリニトロン、walkmanをはじめ、Sonyが時代に与えたinnovationは枚挙に暇がない。はたして、こんなにも“夢”を人々に与え続けた企業が世界にどれだけあるのだろう。プロジェクトのために、ちょっと目を通した小さな年表だったけど、その中に刻まれたソニーの歴史は、僕の心を大きく突き動かした。

ソニーとホンダは戦後生まれた企業。この60年の間に、二つの企業は世界に羽ばたいた。60年と言えば、人間の生涯よりも短い。それだけの期間で二つの企業は世界に名を馳せる巨人になった。その背景にはどれだけの苦労とドラマがあったことだろう。僕は日本人としてこの日本から生まれた企業を本当に誇りに思っている。

90年代後半、ソニーの株価は30,000円を超えると言われた。95年に就任した出井氏は、後にビジネスウィーク誌で世界No.1の経営者と称された。そして、久多良木氏擁するゲーム事業はプレイステーションで世界を変えた。VAIO、WEGA etc、ソニーが生み出す無尽蔵の“価値”はソニーの永遠の繁栄を人々に約束した。

そして人々はこう呟き、そしてそう信じた。
It’s a Sony.

だが、ITバブルが崩壊してからだろうか、ソニーは勢いを失った。2003年にはソニーショックもあった。ソニーに投資していた投資家は大きな損失を被った。今日では、昨今の金融危機もあり、株価は見るも無残なまでに減少してしまった。既にソニーを去り歴史人と化した出井氏は、visionalistと揶揄されるようになった。ゲームの時代を変えた久多良木氏も、今では“かつての独裁者”として巷ではささやかれている。現在彼の所在を僕は知らない。

きっと、超強大化したSonyには多くの問題があるのだろう。多くの政治、多くのtactics(駆け引き)が肥大化した組織に蔓延しているに違いない。

それでも、僕はソニーという企業を応援したい。

なぜなら、ソニーには、“時代”に挑戦し、数え切れないほどのinnovationを創造したあのスピリットがまだ残っていると信じているからだ。そしてそのスピリットこそ今の日本には世界の強豪と戦っていく中で、最も必要であると考えるからだ。

It’s a Sony

それだけでCMがつくれてしまう企業が歴史の中にかつてどれだけ存在しただろう。昨今の業績不振の影響もあってか、そのフレイズを使ったCMをもう見ることはなくなった。だが、いつの日かソニーが再び自らの自信を取り戻し、その自信を世界に見せつけるために、あのフレイズが蘇ることを切に願っている。そしてきっとそれが、日本全体が自信を取り戻す一つのきっかけになる。僕はそう思っている。

It’s a Sony
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by ny_since1999 | 2008-10-30 09:48
2008年 10月 27日

Rising Sun

世界の金融市場はChaos(カオス)の渦中にある。Dow、Nikkeiが一日で1000ポイント近く上下することがここ最近では珍しくなくなった。今日、日経平均はついに6000円台に突入。気がつけば、世界の金融市場が失った額はこの数カ月の間で3000兆円にもおよぶそうな。金融市場は、昨年10月末のピークに比べて一気に半減した。

同様に、通貨の動きもChaosそのもの。米国市場から逃げ出すドルの矛先の一つが円。そう、金利の低い日本でお金を借り、海外で運用する円キャリー取引の解消が一気に進んでいる。円高の急速な進行は1995年の最高値1㌦=79円75銭とまではいかないにせよ、先週は90円台をつけた。これは対ユーロに関しても同様のことが言える。ほんの数か月前まで、円を睥睨していたユーロはその姿を大きく変えた。僕がフランスにいた時に、僕を苦しめたあのユーロの強さは跡形もなく消えた。

更に、オイルの動きも見逃してはいけない。今夏、昇竜の如く上昇日続けたWTI。つい数か月前の7月11日に史上最高値147.27ドルを記録したが、最近では60ドル水準にまで下落。たったの3か月で半分以下になってしまった。

一体何が起こっているのだろう。

ジャーナリストは世の中を騒ぎ立て、市場の悪化をさらに煽る。学者・エコノミストは自らの経済理論を辛くもjustifyするのに必死だ。それもそうだ。そもそも理論など今日の市場に通用するはずもない。たとえば、東証一部のPBR(株価純資産倍率)は0.85。理論的には、企業を買収、資産ごと売るだけで利益がでる。配当を株価で割った予想配当利回りも、東証一部では3%。これは長期国債の1.5%を上回る。理論的には、国債を売って、株を買った方が有利な投資になるはず。だけど、株価は下落の道をたどっている。そう、そこに理論などもは、もはや存在しない。それは正にChaos。

何が起こっているのだろう。これから何が起ころうというのだろう。

思えば、日経平均が頂点に達したのは1989年。あれから19年が過ぎ去った。様々なことがあった。戦後最大の景気回復も日本は経験した。だが、悲しいかな、今日の株価の水準は19年前のものとは天と地の差。そしてこのChaosが更に事を悪くしている。

だが忘れてはいけない。アメリカ市場はかつて、もっと長い期間地下をさまよっている。時は、1929年。世界は恐慌に陥った。その後、米国のダウ平均が恐慌前と同じ水準に戻るまでに25年間を費やした。25年である。そしてアメリカは復活した。

僕は学者じゃないから、あれこれ将来の見通しについて語るつもりはない。でも一つだけ言いたいことがある。

きっと日はまた昇る。

そのためには一個人として今何ができるか。
それが大事なんじゃないかな。
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by ny_since1999 | 2008-10-27 23:38
2008年 10月 24日

Reunion 

昨日は、中華街にある日本料理レストランYAKITORI BOY(焼き鳥少年)で昨年一年間同じ時を共にしたCohort Fの仲間とでクラス会が開かれた。企画したのは、僕ともう一人の日本人クラスメートのTom。前々から、クラスメートから「日本料理が食べたい」というリクエストをもらっていたので、ちょっとしたきっかけからクラス会を実行することになった。

集まった人数はおよそ30人。皆、就職活動で忙しいだろうに、クラスの半分もの仲間たちが集まってくれた。特に、イベントは企画しなかったが、そこにはファイラデルフィアには数少ないカラオケが搭載されているため、大部屋を占領し、日本酒と寿司とともに、皆狂うほどに盛り上がっていた。ちなみに、僕とTomは日本を代表して一緒に島唄を披露した。

僕の学生生活もあと数か月で終わる。この仲間たちとこうして集まってバカをできるのもあと数か月。そう考えると寂しくも思える。残す期間は、できる限り仲間たちとあのようにして集まれる場を企画してゆきたい。

本当に盛り上がった夜、楽しい夜だった。



a0100263_0481375.jpg

Cohort F
(皆と初めて会った日にとった写真)
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by ny_since1999 | 2008-10-24 11:43
2008年 10月 23日

Wharton Asian Business Conference

様々な課題が一気に重なり急激に忙しくなりつつある今日この頃だが、実はそこにもう一つ"とある"大きな仕事が重なっていることが忙しさの原因でもある。その”とあるもの”とはWharton Asian Business Conference。実は、僕はそのオーガナイザーの一人して、半年以上も前からこの計画に携わり様々な活動をしてきた。Wharton Asian Business Conference(WABC)は、Whartonでも最大級のイベントの一つであり、アジアを中心に活躍する人や世界レベルのビジネスパーソンを招待し、公演していただくイベントだ。

僕は、Whartonでの2年間において、やりたいことがいくつかあるわけだが、その一つは、やはり日本やアジアの文化、そして経済やビジネスをもっともっと多くの外国の人々に知ってもらうことだ。その意味で、今年の3月に行ったWharton生150人の大移動となったJapan Trekは見事に成功し、僕の目的を見事に果たした。

そして、その直後に始まったのがWABC。懲りずにまた自ら手をあげオーガナイザーになった。そして、その後スピーカーを世界から集める部門のチームリーダーとなり、チームの同志と共に過去半年走ってきた。もちろん、これも僕は同じモチベーションで動いている。そう、アジアの風をWhartonに吹かすこと。

サブプライムから始まる一連の金融危機の影響もあり、スピーカー集めには随分と苦労した。Whartonのカンファレンスから声がかかれば、興味を示してくれはするが、アジアからアメリカまでの渡航などを考えると最終的に足踏みする人も多く、招待を断った人は本当に多かった。だが、最近になってようやくスピーカーも揃い、準備はほぼ万端といえる。

僕が担当した部門は、Investment Management panel。ここに注目する点はいくつもあるのだが、個人的にはパネルのmoderator(司会)がいかなるパフォーマンスを見せるかを非常に楽しみにしている。彼の名はAlex Edmans。Whartonでも人気かつ有名な先生で、将来的には間違いなくWhartonを引っ張ってゆく先生となるだろう。“将来的”?というのは、実は彼は僕と同い年。その若さで、Whartonで教えているのは本当にすごい。昨年、彼のクラスを受講した時に彼の熱意に感動したことが非常に印象に残っており、それがきっかけで、今回moderatorになっていただくようお願いをしたところ、快く引き受けてくれた。最近は、そんな彼とちょくちょくメールを交換し、本番での流れについてディスカッションしている。

さぁ、そのWABCも残すところあと2週間。11月8日に開催だ。

きっと、当日は、アジアの風がアメリカの大地に吹きぬけるに違いない。


p.s.
予約をしていない人は、是非ともチケットを購入してください。
WABC
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by ny_since1999 | 2008-10-23 23:31
2008年 10月 22日

風邪をひいたぜ 2008

急に忙しくなりました。今学期は6単位、つまり6つの授業をとっているため、やはり楽ではないです。読み物も多ければ、プロジャクトの数も極めて多い。頑張らなくては・・

フィラデルフィアも急に寒くなりました。
毎日自転車で通学している自分だけど、もう手袋なしでは乗れないな。
きっとそのせいもあり、昨日より風邪をこじらせ、苦しんでいます。

このクソ忙しい時に・・・・
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by ny_since1999 | 2008-10-22 23:26
2008年 10月 17日

起業家

一年時同じクラスの同志、Davidが先日起業した。
資本金も既に数億集めたと聞く。
アジアを舞台にビジネスを展開して行くそうだ。

その勇気と、
その情熱と、
その実行力。

すべてにおいて僕より上だ。

多くを学びました。
ありがとう。
そして、貴方の成功を祈っています。
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by ny_since1999 | 2008-10-17 21:32
2008年 10月 16日

MBAを考える

今日は、なんとなく意気投合し、授業終了後日本人の友人二人とIrish Barへ向かいギネスを飲む。一人は日本生命から来たYさん、もう一人は三菱商事、Kさん。僕よりも遥かに長い社会経験を持つお二人は僕にとって良き兄貴たち。でも、年は違えどここでは僕の同級生、Class of 2009。5時から始まった語りは、数時間にわたり続いた。

数時間も話していれば、話した内容は様々だが、印象に残っていることは、それぞれのMBAに対する思いをシェアできたこと、そしてそのMBAの中を走ったそれぞれの1年と2か月での感想や出来事に対する意見交換ができたこと。

一つわかった。それは皆それぞれに夢があり、そしてそれぞれに悩みもある。

MBAとは何か?
エリートになるためのツール?
お金持ちになるための通過点?
学歴を美化し、履歴書を美化し、箔をつけるため?
新たな、知識を養う場?
度胸を付ける場?
留学したかったから?

きっと、MBAに対する思い、賭ける情熱は十人十色だと思う。

でも、一つ共通している点があるのではないだろうか。
それはMBAにトライする前、皆きっと何かに、きっと何処かで、己のおかれた環境に満足できていなかったのではないだろうか。だからMBAという道を選んだ。だからMBAというマシーンを通し、再起に賭けた。語弊を恐れずに言うならば、MBAは過去において負けた者、否、勝てなかった者の集まりなのかもしれない。

本当に時代を動かしている人間は、MBAなんぞは必要としない。ビルゲイツだって、スティーブジョブズだって大学すら卒業していない。だが、彼らの歴史に残した足跡は誰もが知っている。そう、本当にすごいやつは、MBAの2年間をきっと他の使い方をする。

僕たちにとって大切なことは一つしかない。
それは、履歴書を美化し、MBAを気どることなどではない。
そんなものは無意味だ。

僕たちは、この2年で本当にすごいやつと差をつけられてはならない。
僕たちは、走らなければならない。
乾坤一擲の思いで走らなければならない。
卒業後の社会復帰に向けて、2年ぶりの現実社会に向けて。

それ以外何もない。
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by ny_since1999 | 2008-10-16 23:50
2008年 10月 15日

アジア三国志

a0100263_10102225.jpg週末を通して、一冊本を読み終えた。非常に共感する部分が多かったので、ここに紹介しておきたい。その本とは、英エコノミスト誌元編集長であるビル・エモットによって書かれた「アジア三国志」である。アジアの将来を考える上で、極めて多くのヒントを与えてくれる秀逸な一冊と言える。何よりも、アジア人ではない彼が、非常に深い領域までアジアのカルチャーや習わしを理解し、彼なりの視点を読み手を引き込む文章で披露している。久々に読みごたえのある一冊となった。




1903年、岡倉天心はこう言っている。
「やがてアジアは一つに」

以来100と5年が過ぎ去った。天心が発した一年後、日本はロシアを倒し、破竹の勢いで加速する日本の軍国主義は、一時的にアジアを一つにしたかのような錯覚をつくりあげた。だが、それは過ち以外の何物でもない。日本は大きな傷を歴史に残した。以来、アジアが錯覚でも、現実でも一つになったことはない。

政治、経済、歴史、金、その全てが絡み合い、現在の国家間の関係は成り立っている。多くのアジアの国々は過去をほじくり返し、日本に謝罪と賠償金を求めている。もちろん、日本が歴史で犯した罪は決して消えることはない。だが、アジアがそれだけを繰り返していても、何も生まれはしない。Do not always look back. Look forward. 僕は、アジアに向かってこう叫びたい。

Asiaよ、Unite

そんなことを考えさせられる一冊となった。
そして、右上の写真にもあるように、僕はそんなアジアに夢を抱いている。
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by ny_since1999 | 2008-10-15 23:00
2008年 10月 14日

1mm ×2の50乗

ふと、とあることを思い出した。
以前、僕の属している会社の人間が面白いことを言っていた。
目の前の紙を50回折ってみろというのだ。そしてその時の紙の厚さは?
「ふっ 簡単なこと」そう思って、折り始めると3回目あたりから難しくなる。紙が小さいと4回目は難しい。

それもそのはず、紙を50回折ることなど、物理的にできるはずもない。
仮に紙の厚さが1mmとしよう。一回折ると2mm、二回折ると4mm、三回折ると8mm、四回折ると1.6cm・・・・・ 50回折ると?
1mm ×2の50乗= 11億2590万km となる。ちなみに、地球太陽間の距離が1億5000万kmで、算出された値は地球太陽間の距離の7.5倍。

さて、科学の実験の話はここまでにして、実は彼が言っていたことは、口コミの威力の凄さ。一人が二人に話し、その二人がそれぞれ二人ずつ話す。そうすることによって、全体の数は天文学的な数字に“なりえる”ということを目の前の紙一枚を利用した、極めてわかりやすい説明だった。正にそれは物理学の神秘そのもの。

本題に入ろう。最近、多くの人が僕のブログを読んでくれているようだ。最近日に日に読者の数が増加している。ありがたいこと。僕なりに様々な思いがあって一年以上続けてはいるが、まだまだ人様に見せてコメントを頂けるようなレベルにはないと自覚している。さりながら、多くの人からコメントをもらえるのは書き手として一つのモチベーションになる。銀河系の外にまで行くにはまだ時間がかかりそうだが、いつの日かせめて太陽までは行きたい。そんな思いを胸にこれからも精進してまいります。

皆様、今後ともどうぞ宜しくお願いします。
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by ny_since1999 | 2008-10-14 23:27