Wharton MBA 記  ~Carpe diem - 今を生きる~

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2009年 05月 23日

Departure

1年後、3年後、10年後、そしてその先の遠い将来にわたり、僕はきっとこのページを幾度も振り返ることだろう。徒手空拳で渡ったアメリカ。この地で生きた掛けがいのない時間がつまったこの“今を生きる”を未来永劫幾度も読み返すことだろう。そしてそこでまたThe Wharton Schoolで生きたこの2年の意味を噛みしめることだろう。僕のMBAは“今を生きる”と共に生きた2年だった。

多くの経験をした。限界を越えたワークロードに目が回ることもあった。授業の内容を理解できず絶望の日々を経験することもあった。世界から集まった優秀な人々に圧倒され日々劣等感の中で生きた。そのスピードについてゆくために徹夜して朝まで勉強した日々は記憶に新しい。今でも思い出すだけでゾッとする。でも、もちろんそんな艱難の日々だけではなかった。楽しいことはもっとあった。これまでの人生で一度も考えたことのない新しい世界を多くの授業が僕に教えてくれた。世界から集まった若者たちから生まれるdiversity(多様性)が僕の目線をいつも上げてくれた。どんなに遊ぼうが、どんなに文句を言おうがdeadlineまでには完璧に仕上げてくるWhartonの学生の誇り高きプライドが好きだった。そんな友と朝まで互いの夢や人生を幾度も語ったことは一生忘れない。今、目をつぶるとその一つ一つが走馬灯のように蘇ってくる。僕は、その一つ一つの“今”を必死に大切に生きた。

Master of Business Administration。若者たちはなぜこのMBAに世界から集まるのだろう。もちろんそこには多くの理由が存在する。でも、きっと多くの若人がMBAに対してこんな幻想を抱いているのではないだろうか。

「きっとMBAは自分を変えてくれる」

皆そんな幻想を抱いて世界からこのアメリカの地へやってくるのではないだろうか。でもその現実の結果はどうかな。どれだけの人が本当に自分のことを変えられたのだろう。それもそのはず。たったの2年、十数単位をとっただけで人が変わるのはそもそも難しい。そう、MBAとは魔法のツールでも何でもない。MBAでは人間は変われやしないのさ。

さりながら、MBAは若者たちに特殊な時間と空間を与えてくれるのは事実だ。日常の雑多な仕事から離れ、多様性に囲まれた特殊な空間と時間の中で、若人は人生を悩み、模索し、ひたすらに考える。自分のdream、future、vision、そしてprinciple。2年という時間の中で、若人はそれらを必死に再定義する。その意味で、MBAとはその“悩みぬく時間”を与えてくれることに最大のvalueがあるのかもしれない。その再定義した自らの意思とそのプロセスはきっと人生の中で大きな意味を成すに違いない。もちろん、それは僕自身についても言えることだ。僕はこの2年、学術的に多くのことを学んだけれど、それ以上に自分のことを学ぶことができた。その“自分を学ぶ”ことの中でブログの執筆が大きな役割を果たしてくれたことは言うまでもない。

The Wharton Schoolから合格をもらった瞬間を昨日のことのように覚えている。あの日から書き始めた“今を生きる”というブログの投稿は既に300回を超えた。ブログを書き始めた時は、まさか自分がこんなにも真剣にブログと向かい合うとは思ってもいなかった。まして、自分の思いや気持をpublicに発信するわけだ。それは、日記帳に個人的な日記を書くのとはわけが違う。始めた時は、「今後どうなることやら」と思ったのも事実。でも、嬉しいことに想像を遥かに超えた多くの方がこのブログに訪れてくれた。Wharton内でも冷やかしを交えながらもこのブログのことが時折話題になった。僕は、皆がこの“今を生きる”を読んでくれているという事実が嬉しかった。

このブログには様々な視点を持ち込んだ。経済、教育、政治、そして愛。でもその話題の多くは“日本”に関してのことだった。日本はこのままでいいのか?日本は今後どうなってしまうのか?など日本への僕なりの愚考を述べてきたつもり。愚見ながら、僕は今の日本という国の未来をあまり楽観的にはとらえていない。このままではやがて2流、ひいては3流の国に退化してしまうだろうという危機感が僕の裡にはある。日本は変わらなければならない。経済、教育、政治、その全てにおいて。僕はそのことに対し使命感を持っている。だからこそ何かを訴えたかった。でも、いわんや、僕の力なんぞはゼロに等しい。それでも何かしたかった。だから自分なりの意見をとにもかくにもブログにぶつけることにした。それが“今を生きる”のもう一つの姿でもある。

僕は日本という自分の生まれた国が大好だ。偏屈な愛国主義者ではないが、少なくとも日本の可能性は人一倍買っている。この思いはアメリカに来て更に強くなったのもまた事実。アメリカから見える日本。それは、日本から見える日本とは一味も二味も違って見えた。日本に存在するあらゆるサービスの質の高さを始めとし、アメリカに来て以来、日本の強さを多くの場面で学ぶことができた。無論、日本の弱さも日本にいる頃とはまた違った形で見ることができたのも事実。アメリカでの2年。僕がそこで最も学んだものとはもしかすると“日本”なのかもしれない。

“今を生きる”と共に生きた、僕のMaster of Business Administrationはついに終わった。準備に2年。Wharton で2年。MBAを夢見て10年。長いようで短く。短いようで長く。10年越しの夢はついに達成された。

アメリカでの生活はこれで終わりだ。
この地でやれることは全てやった。
もう思い残すことはない。
僕はもうすぐ帰国する。
そしてまた新しい挑戦が始まる。

最後に、
2年間僕と共に走ってくれたClass of 2009の同志たち。
日本でいつもエールを送ってくれた多くの仲間たち。
“今を生きる”を2年間読んでくれた読者の皆さん。
そしていつも僕を支えてくれた家族。

その全ての人々に感謝したい。
2年間本当にありがとうございました。

Wharton MBA 記 ~Carpe diem - 今を生きる~ は今日で終了する。
今を生きたtwo year journeyは今ここに終決する。
長い間本当にありがとうございました。
皆様と日本でお会いできることを楽しみにしています。

新たな夢に向かい
今こそ出発点
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by ny_since1999 | 2009-05-23 09:49
2009年 05月 17日

卒業

遂にこの日がきた。

今日、僕はThe Wharton Schoolを卒業した。
そしてMBA candidateからMBAになった。

卒業式。
夢だった黒いマントと帽子。
音楽に合わせて、スタジアムに入場。
様々な思い。

ノーベル平和賞受賞者、ムハメドユヌス。
「人間の想像力に限界はない」
彼の放つ多くの言葉が僕の心に響いた。
大切なメッセージ。

夜。
Japanese Class of 2009がWhartonの学生として最後の集り。
もしかして、こうして皆がそろうのは最後かもしれない。
一人ずつ、それぞれの2年を語る。
笑いあり。
そして、涙もあり。
同じ国を祖国に持つ大切な仲間。
一生忘れない。

明日から、また新しい人生が始まる。
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by ny_since1999 | 2009-05-17 23:13
2009年 05月 10日

Moët & Chandon

今日は、僕が長い間ずっと大切にしていたものが遂に解禁する日となった。その大切にしていたものとはシャンパンの有名ブランドであるMoët & Chandon。これは、数年前、MBA受験の時に、机を並べMBA合格を夢見て共に勉強した戦友であるNさんから頂いたもの。Nさんは僕より1年先にUNCに合格し、昨年無事Class of 2008としてMBA holderとなった。一年後、僕がWhartonに合格した時に、フィラデルフィアに用事があるとWhartonを訪れてくれた。その時に合格祝いということで持ってきてくれたのがこのMoët & Chandon。大切に持っていたらいつの間にか、2年近く時間だけが経過してしまった。

今日、そのMoët & Chandon遂にが解禁となったわけだ。一つは“卒業”を祝すため。そしてもう一つは卒業後、これから新しい挑戦に僕と共に歩む戦友との契のため。二家族に囲まれたMoët & Chandonは夕食の会話を本当に盛り上げてくれた。

Nさん、
Moët & Chandonはようやく役目を本日終了することとなりました。Nさんとの日本での再会を楽しみにしています。またあの時のように語ろうではありませんか。その時は僕がおいしいシャンパンを。

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by ny_since1999 | 2009-05-10 23:40
2009年 05月 08日

Vanguard へ

a0100263_1034346.jpg数年前、Vanguard Groupのheadquarterに訪れる機会があった。Vanguardとは、世界最大級の運用会社。その運用資産は優に100兆円を超え、Capital, Fidelityと並び、ミューチュアルファンド界の長である。驚くべきことは、その創立が1975年だということ。たった30年とちょっとで、顧客の口座数は2000万口座に達し、世界最大級会社にまで成長した。創業者の名は、John Bogle。たった一代でこれほどのまでの企業を創り上げた男。言うまでもなく、同氏はアメリカ金融界のドン。数年前、同社に訪れたとき、光栄にもJohn Bogleとお会いすることができた。彼の眼、そして握手した時の手から伝わってきた言葉にならないほどのエネルギーは今でもはっきりと覚えている。

あのVanguardへの訪問は、実は僕にとってもう一つの意味で意味深くもあった。なぜならVanguardが存在するペンシルバニアにはThe Wharton Schoolも存在するからだ。「いつの日かWharton に入学し、もう一度Vanguardに行くことができたなら・・」。あの時、少年はそんなことを夢見ていた。

4年後の今日、その夢が実現。ここでは内容は割愛するけれど、一つ言えるならば、僕が目にしたものは、やはり世界級だった。アドレナリンが全身を駆け巡った1日だったと言えよう。

いつの日かまたこの地へ
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by ny_since1999 | 2009-05-08 10:29
2009年 05月 04日

belief

今日、Fixed Income の異常とも言える難しいProjectを終え、僕のWharton lifeは幕を閉じた。卒業できるかどうかは、もちろん単位をもらえてからのことだが、きっと大丈夫だろう。10日後、僕は卒業する。

4年前の今ごろだった思う。僕は北京に数日間滞在していた。僕は北京で最も有名だと言われるMBA予備校を通りかかった。その時、その校舎の“前”に屯するテキストを売る闇市の商売人に声をかけられた。どうやら、僕にテキストを売りたかったのだろう。

这个多少钱?(これはいくらだ?)

値切りに値切り、買ったものはGMAT guide book。ついでに、中国人が使う必殺のGMAT問題集も手に入れた(ほとんどが中国語だったためあまり役に立たなかったが)。そこが始まりだった。僕にとっては、闇市で買ったGMAT guidebookが全ての始まりだった。当時はMBAなんぞは遠い夢。ましてWhartonなんぞはその先の夢。

あれから4年。今日、The Wharton Schoolのすべてのカリキュラムが終了した。
今、自信を持って言える。僕の歩んだ4年に間違いはなかったと。


人生とは、旅だ。
右往左往しながら、日々を生きる旅だ。
時には失敗し、時には成功する。
人間は失敗から学び、成功は次の挑戦への切符となる。
何が(どれが)正しい道などは、歩み始めたときは、誰にもわからない。
数百歩、数千歩歩いて初めて、その歩んだ道を評価できる。

だからこそ、歩んでいる時には“将来の約束”など決してありやしない。
必要なもの、それは“belief”。

自分が選んだ道に信念を持ち歩み続けること。それが何よりも大事。

これからの4年。

僕はそのbelief と共に、新たな道を歩みたい。
そのbelief と共に、新たな挑戦に挑みたい。
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by ny_since1999 | 2009-05-04 23:30
2009年 05月 01日

Survive

Excellence in Teaching
Franklin Allen
Robert Borghese
Brian Bushee
Enrico Diecidue
Thomas Donaldson
Kartik Hosanagar
Asuka Nakahara
Richard Shell

MBA Core Teaching
David Bell
*Alex Edmans
*Sarah Kaplan
*Serguei Netessine
*Jeremy Siegel
*Robert Stine
Mike Useem
*Matthew White
Mauro Guillen
Kartik Hosanagar
Eric Orts
Krishna Ramaswamy
Bob Stine
*David Wessels

2008-2009年のteaching awards が発表された。名前を見るとやはり順当ともいえる教授陣が賞を受賞している。ちなみに、僕は印の付いている教授の授業を受講あるいは参加したことがあるわけだが、やはりteachingの質は皆高い。皆、独特のスタイルを持ち、学生たちを魅了する。彼らの授業は、最初から、最後まで集中力を維持して話を聞くことができることは言うまでもない。個人的にはAlex Edmansに注目している。自分自身、一年生の時にAccelerated Corporate Finance を受講して、彼のTeachingの質の高さに驚愕した学生の一人でもある。更に驚くべきことは、Alexはまだ20代だということ。 若くしてWhartonで教鞭をとり、しかも学生から指示を受けAwardをもらうなんて実に立派なもんだ。個人的にも、昨年のWharton Asia Business Conference (WABC)を通しAlexとは個人的な親交があった。その関係は今でも続いている。ふとした時に見せる彼の仕草はやはりまだ20代の若者。たが、繰り返すけれど彼が教授として皆の前に立った時に彼は豹変する。多くの学生がそのギャップに驚かされるのもまた事実。そんなAlexの今後の活躍に期待したい。

今回のAwardsは教授たちにとって無視はできない賞であることは言うまでもない。それもそのはず。教授たちは自分のAchievement(達成)の蓄積に必死。awardsの蓄積は、もちろんレジメにものるし、それは結果として昇進にもつながる。実は、”教授”と言えど3段構えになっていて、Assistant Professorから始まりAssociate Professorに。そして最後がProfessorになる。皆、そのアカデミズムの階段を上るのに必死なわけだ。ちなみに、上述の20代のAlexは、もちろん現在はAssistant Professor。言わずもがな、本人だってその昇進を常に視野に入れているに違いない。(個人的には本人からもいろいろ聞いているが)。

日本の化石化した大学教授、あるいは大学教育を前提にすると、一見するとアメリカのアカデミズムの世界も非常に保守的な世界に見えてしまう。だが、それは誤り。米国ではむしろその逆。そう、強烈にaggressiveと言えよう。その姿はむしろビジネスと同じだ。あるいは、プロスポーツチームとも言っても過言ではなかろう。プレイヤー達は、自分の成績のアピール必死だし、同じようにチームのマネジメントは常にパフォーマンスの高い選手を探し求めてヘッドハントやスカウトに奔走する。そしてこの構図は、アメリカのアカデミズム界をそっくりそのまま表してる。実際、Whartonでも昨年看板教授が他校へと引き抜かれた。同氏がどこに行ったのかは定かではないけれど、噂によると副学長?的なポジションを得たという。彼の名は、Andrew Metrick。Venture Capital and the Finance of Innovationの著者としても有名な方だ。このように、大学間の熾烈な競争と、教授個人のDesire(願望)が密接に絡み合い、こんにちのアメリカのアカデミズムは姿をなしているわけだ。

先日、興味深いニュースがあった。それは、Nicolaj Siggelkowが教授に昇進したというニュースだ。僕はこの裏には様々な力学が存在していたのではないかと考えている。SiggelkowはWhartonのstrategyの看板教授。僕自身、彼の授業を受講したかったわけだが、生憎それは達成できずに終わってしまった。なぜならば、昨年一年間、彼は休暇を取っていたからだ。それにより僕を含めたClass of 2009の学生には、上述のAndrew Metrickはもちろんのこと、Siggelkowの授業もとれないという悲劇が起こってしまった。これに対し、多くの不満が学生から出たことは言うまでもない。それもあってか、先日、Strategyの特別レクチャーで、Siggelkowが一年ぶりに教鞭にたった。もちろん僕もそのレクチャーはしっかりと見たわけだが、やはりSiggelkowの授業は教え方、質ともに抜き出ている。あっぱれの一言に尽きる。そしてそのレクチャーの最初にアナウンスされたのが、上述の通り、SiggelkowのProfessorへの昇格だ。同氏はまだ30代後半。この若さでのProfessorへの昇格は異例と言えるのではないだろうか。きっと、そこには様々な力学が存在していたに違いない。掻い摘んで言うならば、昇進させることにより、Siggelkowを休暇からWhartonに戻した、あるいは他校からのヘッドハントから守ったのではないだろうか。もちろん、これはあくまで僕の推測の域を出ることはない。これは、休暇を取っていた人間がなぜいきなり昇進するのか?への僕なりの単純な回答だ。

さて、先週水曜日、Wharton Financeのドン中のドンであるFranklin Allen(無論、彼は上記のように、今年もExcellence in Teachingを受賞している)と光栄にもランチを食べることができた。様々な話をすることができたけれど、Allenの僕の質問に対する一言が印象的だった。

What is the next challenge of Wharton?

"Survive"



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by ny_since1999 | 2009-05-01 23:20