2009年 02月 09日

勉強

中国語の集中講座を受講し、3週間が経過した。周りは皆20歳の大学生。僕はきっと最年長。想像以上に厳しいクラスだけど、同時にそこには、想像以上に学び成長している自分もいる。

クラスでは、毎週単語のテストがあり、その他にもリスニングテストや定期テストと盛りだくさん。先週は、in-class writingがあった。テーマは、”中国における言論の自由”に関しての自由エッセイ。要求文字数は450文字。入念に準備をしていかないととてもついていけるクラスではない。でも、そんな環境に日々順応している自分がいることは嬉しくもある。

最近面白い発見があった。中国語では“勉強する”ということを“学习”と書くわけだが、これは日本語でいう“学習”の語源であることはう見て取れる。では逆に、中国語で“勉强(勉強)”という単語はどういう意味だろう。面白いことに、その意味は、日本語でいう“勉強”ではない。その意味は、“しぶしぶ事をなす”、“嫌々ながら、不満の状態”、あるいは“強制する”という意味。

漢字が日本に伝来してから、どのようにして“勉强(勉強)”を学習の意味で使うようになったかは、極めて興味のあるところだが、それ以上に、現代の日本の教育の現状を“勉強”という言葉が見事に表しているように思えてしまうのはことは悲しい現実でもある。それが最近の僕の発見。


さて、今夜は明日のHR management のクラスのケースを勉強、否、学習するとしよう。
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# by ny_since1999 | 2009-02-09 12:05
2009年 02月 07日

コロナ

日本から客人あり。

5年前、その客人と約束をした。

いつの日か、アメリカでコロナで乾杯しよう。

今日、その望みが叶った。
午前、2時半まで語る。
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# by ny_since1999 | 2009-02-07 14:03
2009年 02月 05日

今を生きる

-6度。街は冬を生きる。
凍てつくキャンパスを歩きながら、ふと物思いにふける自分がそこにいた。
ちょっと胸の内に熱いものがあってね。

今日、WhartonのMBAオフィスの前を通りかかった。
そこには、一つのリストが掲示されていた。
今年の五月に卒業が予定されている学生の名前だ。
僕は、自分の名前がそこにあることを確認した。
どうやら、無事卒業できそうだ。

あっという間だった。
入学した時のことを今でも昨日のことのように覚えている。
あれから1年と半年。
言葉では言い尽くせないほどの経験をした。
そう、世界を見た。

僕はもうすぐ卒業する。
そして、また社会の荒波の中に戻る。
もう、学生に戻ることはない。

あと三か月、学べるものはすべて学ぼう。
あと三か月、更なる新しい出会いを追い求めよう。
あと三か月、悔いのない生き方をしよう。
あと三か月、常にhungryでありたい。
あと三か月、常にfoolishでありたい。

そして
あと三か月、今を生きよう。
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# by ny_since1999 | 2009-02-05 20:46
2009年 02月 03日

One Paperclip

今日、Negotiationの授業を受ける。

授業の最後の方にこんなものを教授に渡された。
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これは見てのとおり、"Papercilp"、日本語でいうと紙をはさむクリップだ。

なんとこれが課題。つまり、このクリップを元にNegotiationを開始し、他の品物と交換する。たとえば、鉛筆なり、ペンなり。そしてそのペンを元に、Negotiationし他の物と交換。許されたNegotiationは計5回。期限は4月21日。それまでにクラスメート全員が皆Negotiationを実行しなければならない。もちろんNegotiationの相手は、クラスメートはもちろんのこと、友達、親戚、知人等々すべてダメ。つまり、本気でNegotiationしなければならない。そして、4月21日に全員がそれぞれNegotiationによって勝ち取ってきたもののvalueを競い合うというのがルール。しかも、それは単なるゲームではなく、ちゃんとした授業の一カリキュラム。

なんというクラスだ・・・
僕のPapercilpは次は何に変わるのだろう。ブログにアップするのでこうご期待。
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# by ny_since1999 | 2009-02-03 23:35
2009年 02月 02日

High achievement comes from high aims

High achievement comes from high aims.
-King Ching of Cho (1100B.C)-

そんな格言から始まったのはChapter2 of Bargaining for advantage。これは、今僕が履修しているNegotiationの授業で課せられたReading。ここには、知る人も多いと思うが、こんな話が書いてある。

1955年、ソニーはトランジスタラジオを日本で販売。ビジネスは成功した。だが、Akio Morita(ソニー創業者:盛田昭夫氏)はそれに満足しなかった。Moritaは世界を見た。そしてNYへ。アメリカ人は、そんな彼をバカにした。「そんなに小さなラジオ誰が買う? アメリカ人は大きいラジオがほしいんだ」。

そんなとき、当時もっとも尊敬されていたエレクトロニクス企業Bulovaがソニーに注文を出した。その量はなんと100,000台のラジオ。それは、当時のソニーの生産力の7倍を超える量だった。ソニーにとっては、神がくれた大チャンス。当然、ソニーの役員たちは賛成した。

だが、Bulovaは一つの条件をソニーに課した。それは、ソニーが生産し、ブランド名はBulovaで売るということだ。曰く、「我々は、Bulovaのブランドを作るのに50年かけた。今は、我々にはそれだけのブランド力がある。ソニーのブランドなんぞ誰も知らない。そんなブランドで勝負できるわけがない。」

Moritaは言った。
「50年前、きっとBulovaのブランド名は今のソニーと同じくらいUnknownだっただろう。僕は今、このラジオとともに生きている。そして、このラジオとともに50年先に向けて一歩を踏み出すのだ。一つ約束しよう。50年後、ソニーは御社と同じだけのブランドをもつ企業になっている。」

Moritaは商談を断った。

そして、ソニーは50年を待たずして、世界へ羽ばたいた。

後年、Moritaは言った。
「あれが、人生で最高の決断だった」と。


教科書としては、この交渉を通して、いくつもの教えを説こうとしているわけだ。それはそれで学ぶとしよう。

でも正直、それ以上だ。そんなMorita氏のような男がかつて日本にいたこと、そして60年近くたった今でも、その話がこの異国の地の教科書に出てくるということ。 I'm proud of his negotiation.
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# by ny_since1999 | 2009-02-02 23:22
2009年 01月 31日

University of Pennsylvania United

チャイナタウンにあるYAKITORI BOYにて、University of Pennsylvaniaの新年会が盛大に開かれた。僕は、この地に来てもう一年と半年になるが、Wharton以外の日本人の皆様とお酒を交わすのは何と初めて。しかも驚いたのは、University of Pennsylvaniaには、PhD.だけでもおよそ50人日本人がいるとのこと。当日は、YAKITORI BOYは日本人であふれていた。初めて出会う日本人同士、当然挨拶をするわけだが、自然に互いにお辞儀を。それは僕が日本人であることを久々に感じる瞬間でもあった。

さて、当日は、実は僕は昼の12時からとあるpartyにより飲酒を開始しており、18時半に始まったときには、すでに相当に酔っぱらっていた。その後も、ご飯も食べずに12時以降まで飲み続けた。つまり、12時間以上飲み続けたことになる。逆に言えば、それほど盛り上がったということだ。

嬉しいことがあった。それは、僕のブログを読んでいると声をかけてくださった人が多かったことだ。なんと始めて出会った人の中にも、このブログを読んでくれていた人が何人もいて、それは本当に大きな驚きだった。この場を借りて、読者の皆様には改めて感謝申し上げます。

そして、もう一つ嬉しかったこと。それは、日本から数万キロも離れているこの地で、あんなにも大きな日本人のコミュニティーが存在していたということだ。皆、それぞれに夢があり、国を飛び出し、この地へやってきた。そう、皆夢追い人だ。僕は、12時間もお酒を飲み続けていたが故に、記憶は飛び飛びだけど、あの場に存在したそれぞれの人間が、自信に満ちた目を持っていたこと、それだけははっきりと覚えている。あの場に存在できた僕は幸せだ。
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# by ny_since1999 | 2009-01-31 23:29
2009年 01月 30日

MBA ranking

学校からこんなメールが届いた。

Dear Wharton Community,

I am pleased to announce as part of my first opportunity to communicate with everyone that the Financial Times rankings for 2009 MBA programs has Wharton at #1 for both USA/Globally.

記事によると、Wharton SchoolがFinantial TimesのMBAランキングで一位を維持。これは、9年連続の快挙らしい。それはそれでメデタイこと。

時を同じくし、最も事実に近いと巷では言われているUSnewsでも2008年のランキングの発表があった。Harvard, Stanford, そしてWharton。この順位はどうやら毎年不動のようだ。あと、もう一つ有名どころではBusiness weekのランキングがある。これは2年に一度発行されるものだが、毎回ランキングが大きく変わることで知られている。最近では、シカゴ大学の躍進が注目される。Whartonは下落。

さてさて、ここで一つの疑問。

MBAのランキングとは何なのだろう?

各社は毎年大々的にランキングを発表するけどなんそれは何のために存在するのだろう。志願者や、これからMBAを雇う企業にとっては、一つの選別の指標になる。実際に僕も受験時にはしっかりとランキングは見させてもらった。では、発行者側にどんなメリットがあるのだろう。それが疑問でならない。

一方、学校からメールが届いたとおり、学校側がランキングにこだわる理由もわかる。学校の知名度が上がれば、優秀な教授の獲得も有利になるし、もちろん優秀な学生だって集まる。そういった優秀な学生が卒業後、社会で活躍してくれれば、さらに学校の知名度は高まる。上手くいけば、Havardのように、卒業生からの巨額の寄付もありうる。そうやって、相乗的、連鎖的に、上昇していくわけだ。だからこそ、学校にとってランキングは重要になる。

学校側が、結果的にランキングを重視するのはわかるが、逆にランキングを上げるために学校を運営されると、本末転倒になることは明らか。世界には、MBAが10000校が存在する。米国だけでも毎年10万人のMBAが誕生している。MBA批判の急先鋒、ヘンリー・ミンツバーグ 氏によると、ビジネススクールの中には、上記の”本末転倒”を必死に実行し、ランキングの上昇に執着している学校も少なくはないという。(関連記事) 少なくとも、Whartonではそんな事態は起こっていないと思うけれど、ビジネススクールのランキングが出るたびに、僕はいつもこれらのことを考える。

とはいえ、今回のFinancial times No1、 9連覇は、一つの偉業として大いに喜びたいと思う。
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# by ny_since1999 | 2009-01-30 11:59
2009年 01月 28日

the Knowledge Is Power Program

a0100263_14594285.jpg先日書いたブログでも紹介したけど、今日はBuilding Human Assets in Entrepreneurial Venturesのクラスの後半部分でMike Feinberg氏からお話を頂いた。

“想像以上”

その一言に尽きる。これほどに熱い男に過去にどれほど出会っただろうか。僕は、彼の話を聞きながら、心の中で幾度もそう呟いた。

Feinberg氏は、KIPPという学校の創設者。その学校の教育方法に今、全米だけでなく世界の多くの教育関係者が興味を示している。(詳しくはHPを)

15年ほど前、Feinberg氏は一つの現実を目にする。それはアメリカにおける貧困だ。光を浴び、裕福な生活をする人々が存在する一方で、社会の底辺で日々を必死に生きる人々がいることを彼は見逃さなかった。貧困が跋扈する地域では、子どもたちへの教育が危機にさらされていた。親は、子どもへの教育を放棄。その地に存在する学校には、似たような親を持つ、似たような子供たちが集まっていた。無論、先生の質も最低。結局子供たちは、そんな環境下で育ち、そして大人になる。やがて結婚し家庭ができる。そこから生まれた子供たちは、また同じ環境の中を生きる。つまり、そのサイクルから抜け出すことはほぼ不可能だった。(関連記事

Feinberg氏は立ち上がった。「子どもたちに教育を」。とはいっても彼には学校を運営する資格も何もない。「それでもとにかく教育を!」 彼は小さなアパートの一室を借りてそこに子供たちのために小さな学校をつくる。彼の情熱に後押しされやがて、州政府は動く。「50人集まったら認可を与える」。そして、Feinberg氏の学校には多くの子供たちが集まった。KIPPは正式に学校となった。こんにち、アメリカには66校のKIPP schoolが存在し、16000人の子供たちが学んでいるそうな。そこで教育を受け、多くの子供たちが高校、大学に進学した。そう、多くの子供たちが奨学金をもらうことに成功した。多くの子供たちが、今、社会に出て活躍しているに違いない。

今日、Feinberg氏は、ほとばしる情熱と共に僕たちに話してくれた。
教育とは何か。
先生とは何か。
Etc,
Etc,

その一つ一つが僕の心に響いた。

自分以外の人のために、すなわち、“利他”のために人生をかけること。簡単にできることではない。でもそれを乗り越えて、今を生きる彼のその姿を今日目の前にした時、僕は鼓動が高鳴った。

世の中には、凄い人がいる。僕はそういう人たちのことをもっともっと学ぶ必要がある。今日は、言葉にならないものを学んだ授業となった。今日というOpportunityに感謝したい。
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# by ny_since1999 | 2009-01-28 23:51
2009年 01月 27日

Power of Blood

人間の歴史は“血”の歴史。人類は数千年もの間、戦争を繰り返してきた。時には奪い、時には奪われ、人間は戦うことをやめようとはしなかった。その戦から生まれた血は大河となし歴史を滔々と流れていることは言うまでもない。イスラエルとパレスチナの戦いを始め、こんにちでも世界のどこかで“血”が流れている。人間とはなんて愚かな生き物だろう。

人類の歴史は“血”を“守る”歴史だったとも言える。“血”すなわちDNAを守るために、王位は同じ一族にのみ継承された。これは世界の歴史を見れば明らか。もちろん我が祖国、日本も例外ではない。徳川300年の歴史がその“血”の継承を如実に表わしている。

この“血”の継承は、世界の多くの企業でも実行されてきた。そして我々はそれを世襲経営と呼ぶ。言わんや、日本にも世襲経営は歴史的に当たり前に存在した。むしろそれが主流だったと言える。父親の跡は長男が継ぐ。誰もが認める暗黙のルールだった。

だがそんな世襲経営は時として牙をむく。例えば、ダイエーの創業者中内功氏の話は知る人も多いだろう。同氏は、世間の批判を浴びながらも世襲を実行した。案の定、独裁の中内氏にあきれ、皆優秀な人間はダイエーを去った。そしてダイエーは沈没した。このことは、西武グループの堤家が歩んだ道を見ても明らかだろう。日本には世襲を実行し滅んでいった企業は決して少なくはない。このことは、僕の視点からすれば当たり前と言える。“血”を理由だけにトップに立たれては、いかにしてそれを受け入れればいいのだろう。もちろんそれを僕には受け入れることはできない。

一方、キャノンの御手洗冨士夫氏のように、世襲と言われながらも驚くほどの結果を示し、日本を代表する経営者になった人物がいることも忘れてはならない。僕も同氏の話を何度か聞いたことがあるが、御手洗氏は僕の尊敬する経営者の一人でもある。飾らず、謙虚、それでいて頭脳明晰。キャノンが成功したのは、彼の経営者としての能力の高さが大きく貢献してたことは否定できない事実。もちろん、彼自身の中に、創業者への忠誠心があり、そのことが彼を誰よりも鼓舞させ、誰よりも努力し、今の結果を生んだのならば、世襲ということを完全否定することも正しいとは言えない。好業績を見てきっと世の中の人はこう言うだろう、「キャノンの成功は、御手洗一族の力があったからこそここまで成長できた」と。所詮、世の中の意見など、日和見にすぎない。

今年に入り、一つの人事が発表された。世界のTOYOTAが選んだ決断は、豊田章男氏の社長への起用だ。トヨタは14年ぶりに豊田家に王冠を渡した。僕は、この人事の背景にある様々なストーリーに興味がわいてやまない。なぜ世界のTOYOTAがまた世襲の道を選んだのか?新聞では、こんなことが書いてある。「今回の人事で、一族をトップに置くことで、社内の団結力を高めるのが狙いか?」。僕は、そのメディアの意見にはいつも違和感を覚える。なぜならこのご時世、一族の復帰で社内の団結力、結束力が高まるなんてことが本当に起きえると到底思えないからだ。バックの豊田家(とりわけ名誉会長の力)が効いているという話はあるものの、あれだけの若さで章男がトップについたことの真意は決して表面的なことではないように思える。

企業としての格も質も規模も異なりはするが、かつて、三洋電機も同じような決断を経験している。会社が大きな損失を出し、その会社を立て直すために、創業家の井植敏雅氏を社長に置いた。その時、敏雅氏はなんと40代前半の若さだった。「若いエネルギー、そして創業家回帰による団結力の向上」。僕は、敏雅氏とお会いし直接話をしたことがある。同氏に対する評価は様々あるが、僕自身は極めて実直で誠実な印象を受けた。だが案の定、女神は、彼にはほほ笑みはしなかった。CEOの野中氏と一緒に勢いよく船出したのはいいものの、およそ一年で退陣。三洋に復活はなかった。昨年、三洋電機はパナソニックによる買収が決まった。

根源的な疑問だ。世襲とは一体何なのだろう。世界のTOYOTAは、世の中に世襲と言われることを知りつつも若い章男氏をトップに置くことを決断した。もちろん、そこに世の名の批判を覆すだけのバリューがあるという考えのもとだろう。であるならば、そのバリューとは何か。

世界のTOYOTA、いずこへ。
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# by ny_since1999 | 2009-01-27 23:25
2009年 01月 25日

Building Human Assets in Entrepreneurial Ventures

今期受講している二つのHuman Resourceの授業のうちの一つ、Building Human Assets in Entrepreneurial Venturesについて僕の考えをここでシェアしておこう。

このクラスは、授業の名前の如く、創業時の企業での様々な場面を、現実の場面(ケース)を利用して、分析、議論してゆく。一週間に一度のクラスだが、一回の授業が3時間もあるため、授業が終わる6時ころには脳はかなり疲労に達している、というのが正直なところ。

正直なことを言えば、このクラスを教えている教授はダメだ。人は良さそうだが、教え方が全くダメ。何を言っているのかよくわからないし、その前に声が小さくて聞こえない。パワーポイントも使わなければ、黒板もほとんど使わない。それで言っていることがよく聞こえないのだから、もはや時間の無駄としか言いようがない。

でも、僕はこのクラスの受講を決めた。理由は二つ。第一に、クラスの前までに読むことを課されている膨大なケースや論文の中には非常に面白いものもあり、それらは僕に多くの価値を与えてくれる。一回の授業の前には100P近い量を課されるが、読む価値はある。

そして第二の理由。それは授業の後半1時間半で毎回異なる人がスピーカーとしてクラスに来てくれることだ。毎回、CEOやFounderクラスの人が来てくれて、それぞれの経験や自らのマネジメントに関する視点をシェアしてくれる。そしてこれが非常に面白い。

スピーカー達は、皆それぞれ様々なことを言う。しかも毎回全く異なるスピーカーが来るわけだから、僕が得られる情報も毎回角度が異なるというわけだ。そしてこの離散的な情報や考え方こそが僕には結果的に多くのヒントを創造してくれているようにも思える。

「なるほど・・」、「あぁ、あんたの会社ではそういうことしたのね」、「あぁ、そのやり方は僕が経営者ならしないな・・」、「それはアメリカ人のだから言えるんだよ」、等々、様々なことを考えることのできる良い機会となっている。

結局、マネジメントなんてものには教科書はない。もちろん、“抑えるべきところ”は存在する。だけどそれだけではダメ。大切なのは自らのノートなり、教科書なりを作ることだと思う。マネジメントには、もちろん生まれもったセンスも必要だし、現場での経験も必要。そして上述のごとく“抑えるべきところ”をアカデミックに学ぶことも僕は必ず必要だと思う。そして忘れてはならないのは、他の人はどうしたか、どうするかを聞き、自分なりに噛み砕くという作業。この作業なくして前進はないと僕は考える。そしてその時初めて自分ノートができるのではないだろうか。

その意味で、Whartonは、様々なopportunityを僕たち学生に提供してくれる。僕が受講している授業も勿論のその一つだけど、毎週木曜日には、世界の大手企業のCEOや、国家級の人が態々Whartonまで足を運び、講演してくれている。そこでも様々な学びがあることは言うまでもない。

さて、冒頭に戻ろう。そんなこともあり、Building Human Assets in Entrepreneurial Venturesの教授には全く納得いかないが、その場が提供してくれるOpportunityには感謝したい。今週もまた違うスピーカーがやってくる。ちなみに、こんな人だ。

Speaker: Michael Feinberg, Co-founder KIPP, The Knowledge Is Power Program;
KIPP is on a mission to provide underserved children with the knowledge, skills, and character necessary for success in all levels of pre-kindergarten through 12 public education, college, and the competitive world beyond.

子供教育でのアントレプレナー。面白そうだ。また、学びがあるに違いない。
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# by ny_since1999 | 2009-01-25 12:43
2009年 01月 22日

Japan Pub

今日、Japan Pubが開催された。WhartonではMBA Pubというものがあり、毎週木曜、学生達がそこに集まりお酒とともに語らう。そこは学業に追われるWhartonの学生にとっては、体と精神を癒す憩いの場となっている。定期的に様々なイベントが企画されていて、ダンスがあったり、それぞれ国の文化を披露したりするイベントがあったりと内容は豊富。

そして、その一つがJapan Pub。一年に一度の企画。僕はその実行委員として以下の物をもう一人の人間とともに作成。相撲は”お約束”だが、ヒネリをいれるために、意味なく清純そうな女の子の写真を入れてみた。そしてこれがWharton のHPや全ての電光掲示版で流された。実は、本当はおふざけで二つ目を使いたかったけど、後から何か言われるのも面倒くさかったので、今回は無難なものを選択しました。内容は原始的だけど、意外にも評判は良かったらしい。特に、「女の子は誰だ?」という質問を多数いただいた。ちなみに、僕の趣味の指標にはならないのでご注意ください。
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Pubは、想像以上に盛り上がった。寿司や焼き鳥も出され、一時は取り合いになるほどに。日本人は、皆はっぴをまとった。のれんもどこかから調達。更に、鏡割りのセットも、メンバーがどこかから借りきて、豪快に実行。バックミュージックは昨年、Japan Trek2008で使用した“ヒゲダンス”。

日本がふと恋しくなりました。

しばらく食べてないな。ラーメン。
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# by ny_since1999 | 2009-01-22 23:17
2009年 01月 21日

いじめ + 継続 = 進歩

読者もご存知のように僕は今毎日中国語の特訓を受けている。
気づいたことがある。
僕は、クラスで一番中国語がヘタクソだ。
皆、想像していたよりもはるかにしゃべれる。

しかも先生がありえないくらいに厳しい。
かなりスパルタ。
できるまでやらされる。

今日は、その先生に徹底的にしごかれた。
できるまで何度も何度もセンテンスを読まされた。
もはや、それはいじめに近かった・・・

でも、きっと語学を学ぶときそれぐらいが丁度いいのかもしれない。

へこたれずに頑張ります。
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# by ny_since1999 | 2009-01-21 10:54
2009年 01月 20日

Japan Trek 2009

本日、Japan Trek2009のinformation sessionがあった。例年一年生が企画運営することになっているため、二年生の僕は携わっていないけど、今年の人気具合を見るべく、セッションに参加。無事、多くの学生が興味を示しているようだ。
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ちなみに、僕が教室の写真をブログにはるのは初めてかもしれない。クラスのサイズはいくつもあるものの、概して僕はこのような教室でMBAを生きてきた。

Japan Trek2009の申し込みは23日の11pm. 去年は、開始数分で、数百人が申し込みに殺到した。そうなることを期待したい。
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# by ny_since1999 | 2009-01-20 19:50
2009年 01月 20日

President

昼12時からはStrategic Management of Human Resourceの授業が始まる。ところが、今日、教授は授業を始めようとはしなかった。それは、12時10分から始まるオバマの就任演説を見るためだった。教室内にある大きなスクリーンに、そこにいる全て人間の視線が集まった。もちろん、それは教室内だけの話ではない。その時、全米の目はオバマに集まっていたに違いない。そして、スピーチが始まった。(Obama's Speech)

なんという感動的なスピーチだろう。彼の口、体、そして目から発せられる言葉、そしてエネルギーにいつしか僕は心を完全に奪われていた。いつのまにか目も熱くなっていた。周りに学生がいたために涙を見せるわけにはいかなかったが、僕はそれほどに感極まった。
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アメリカという国は、多くの問題を抱えている。とりわけ昨今の経済危機によりアメリカが被った被害、そしてこれから被りうる被害のスケールはもはや想像がつかない。しばらくは、強い逆風がアメリカ社会を襲うことになるだろう。でも逆説的だが、それでもきっとアメリカという国はこれからも世界をリードしてゆく大国であり続けるだろう。

では、その強さの根源とはなんのか?その一つは政治の仕組みだと思う。そう、オバマのようなリーダーを生むことのできるその“仕組み”だ。国のトップを国民が選ぶその仕組みは、米国史上最初の黒人大統領を誕生させた。"そう、 Yes We Can"

演説を見た後、授業ではオバマに関するディスカッションを行った。数人の生徒は、オバマの経済政策の弱点等を指摘し皮肉を論じる。もちろん、彼は大統領としてしっかり経済再生を実現しなければならない。それでこそのヒーローだ。ただ僕はこうも思う。リーダーの役割とは、支持者に対し夢や勇気、希望や、エネルギーを与えることだと。そして、それこそがすべての根源だと思う。いかに優れた政策を実行しようとも、国民の心に火をつけずして国は動きはしない。その意味で、今日のオバマの大統領としての最初の一歩は見事だった。 彼の演説は、多くの国民に希望を与えたに違いない。

演説中、僕は日本のことを考えていた。はたして、日本にはどれだけのリーダーが存在するのだろうと。とりわけ、そのリーダーを日本の政治の世界で見ることは難しい。政治の世界では、新しいリーダーが生まれたと思えば、いつの間にかそのリーダーは別の人間に変わっている。国家の首相がこれほど高い回転率で変わる国はこの地球上にどれだけ存在するのだろう。更に信じられないことに、時には、“辞任”なんてことまで起こってしまう。つまり、「私にはリーダーができません。ごめんなさい」ということだ。このように悲しい現実もあるが、それが世界第二の経済大国日本の現実だ。

ガキの頃、とある内閣総理大臣の演説のVTRを見たことがある。なんと強烈な人だろう。その首相の言葉には魂がこもっていた。僕はそのリーダーの気迫に、子供ながら胸が熱くなったことを昨日のように覚えている。その男の名は、田中角栄。 彼の発するは言葉は、多くの国民の心を奮い立たせた。そして、日本は高度経済成長を成し遂げた。

日本にも、かつて多くのリーダーが存在した。そしてそのリーダーたちが今の経済大国日本をつくった。それは、歴史が示すまぎれもない事実。では将来はどうか?これからの日本。リーダーの欠如は、大国の崩壊を意味する。この時代に生まれた人間として、僕には何ができるのだろう。オバマの演説は、僕に日本の将来を考えることを強いた。

オバマから受け取った一番大切なメッセージはこういうことなのかもしれない。

“風雲児たれ”

そして

“リーダーたれ”
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# by ny_since1999 | 2009-01-20 10:38
2009年 01月 15日

ウォーターをワーターへ

新学期。また新しい学生生活が始まった。この期は全ての科目にそれぞれ思い入れがあるため、今まで以上に力も入る。大切なのは、表面的な成績をよりも、何を学び、どれだけ自分のものにできるか。そしてそれらを社会に戻った時に如何に爆発させられるか。その一言に尽きる。

最もチャレンジングな授業は中国語だ。以前も書いたけど、これはWhartonのクラスではなく、University Pennsylvaniaが運営する大学生向けの授業で、月曜から木曜まで毎日一時間ある。そのクラスがいよいよ始まった。

クラスの人数は12名。多国籍の学生がそこには集まっていた。メキシコ、イスラエル、アメリカ、イギリス、etc, アジア人がむしろ少ないくらいだ。案の定、MBAの学生はたったの二人。他は皆大学生。つまり二十歳前後の若者たちだ。そんな中にいると自分が随分と年をとっていることに気づかされる。つい最近まで二十歳だと思っていたが、どうやらそれは僕の錯覚のようだ。

クラスでは、この教科書を使用している。内容は決して易しくはなく、、中国の離婚問題から女性の社会進出にまで及ぶ。相当に予習をしていかないと、正にチンプンカンプンだ。そんなクラスでは、英語での発言は基本的に許されていない。授業の90%が中国語で行われる。意見も、質問も全て中国語で行わなければならない。多国籍から成るそのクラスは、毎日一時間、中国語という言語で一つになっている。言語を学ぶ時は、やはり話すことが一番大切。言語を学ぶ時は、恋人を作るのが一番というのはあながち間違ってはいない。

そんなクラスを受けてみて、ふと、日本の英語教育を思い出した。一生懸命、文法を覚え、単語を覚え、テストの点数で偏差値を競い合う。滑稽だが、それでも英語を話せる生徒など一人もいなかった。少なくとも僕の周りには。それもそうだ、英語を教えている先生が英語を話せないのだから。

最近、こんな日本の記事を見た。“話せる英語教育。クラスでは、話すことを目的とした授業を。そのためにも、教師のスピーキング力を強化する必要性あり”。これは、恐ろしいことを露呈している。英語教師が英語を話せないで英語教師をしているのは日本くらいだ。

明治時代活躍した中濱 万次郎(別名:ジョン万次郎)は、アメリカで英語を学ぶ。教科書、辞書もなかった時代。彼は、自らの耳と目と鼻、そして”口”で英語を学んだ。彼が日本に通訳として戻ったとき、彼は自らが作成したノートを持ち帰ったそうな。そここには、こんなことが書いてあったそうな。

水:ワーター

こんにちの日本の英語教育。水は決して”ワーター”とは学ばない。そう、僕たちは”ウォーター”として学んだ。もちろん、ネイティブスピーカーに聞かせれば、ワーターの方がwaterに近いことは言うまでもない。ウォーター。War ter.. 戦争 ?? といった感じだろう。我が日本国では、いつからワーターがウォーターになったのだろう。そして、そんな英語を必死にカリカリ受験で学ばせる国、日本。“先生が英語を話せなくてはならない”ということに21世紀になりようやく気付いた日本。なんかおかしくないか?

しゃべれなくてもいい。何か言え。文法はあとからついてくる。とにかく思ったことを口にしろ。まだ始まったばかりだけど、そんな言語教育をアメリカで受けてみて、日本の教育との大きな、大きな差を感じた。

最後に、ここに最初のクラスで行った1分自己紹介を。卒業する5月までに、どこまで僕は進歩するかを期待していてください。

你们好。我叫○○○○,很高兴认识你们。
我是wharton MBA二年级的学生。
我是日本人,是从东京来的。
我来美国以前,我在东京的○○公司工作了6年。
我对学习中文特别有兴趣。因为三四年以后,我的○○想在中国开新○○。
那个时候,如果我会用中文交流,我会有更多机会。

关于我的寒假生活,我过得很愉快。我和我的家人去了墨西哥,在那里呆了七天。我很喜欢墨西哥菜。我们去了海边游泳。我恨开兴。我希望我可以再去那儿。谢谢你们!
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# by ny_since1999 | 2009-01-15 23:33