2009年 03月 09日
試験が終わり、途中まで読みかけていた「貧困のない世界を創る」(Muhammad Yunus著)を一気に読み終えることができた。何度も何度も、頷きながら僕はページをめくった。それほどに深く、それほどにじっくりと考えさせてくれる本であった。 Muhammad Yunusはグラミン銀行の創設者。知る人も多いと思うが、彼およびグラミン銀行が2006年度ノーベル平和賞を受賞した。世界でも最貧国のひとつとされるバングラデシュで、貧しい人々に無担保で金を貸し、彼らが自活できるように援助の手を差し伸べる。返済された金はさらなる貸し出しにあてられる。それがグラミン銀行のビジネス。貸し出されるのはたいていの場合、ひとりあたりたった数十ドル程度のお金だ。 かつて、Muhammad Yunusは大学の経済学の教授だった。それは世界経済の中でうごめく数億ドルというお金のトレンドを理論で教えるお仕事。当時、Yunusはそれなりの給与をもらい、自分のキャリアの構築に必死に励んでいたという。だがある日Yunusは社会の現実を見ることになる。貧困が蔓延する村に足を踏み入れた時のこと。多くの人がわずか数セントの借金を返せずに苦労していた。Yunusは、すかさずそういった借金に苦しむ人たちがその村にどれだけ存在し、どれだけの額のお金を必要としているかを調べた。なんと42人の人々が合計でたったの27ドルのお金を返せずに苦しんでいた。その瞬間、自らが学校で教えている理論が全て空虚に感じられた。Yunusは、そこで人々を救うことを決意した。 マイクロクレジットと呼ばれるこの手法で、グラミン銀行は多くのバングラデシュ国民を貧困から救ってきた。その数は700万人を超える。従来の銀行家の発想であれば、貧しい人に金を貸しても返済されるはずがないというのが常識であった。ところが、グラミン銀行が貸し出した金の99%以上は利息付きできちんと返済されているのだという。かつて銀行から全く相手にしてもらえなかった貧しい人々が、マイクロクレジットによって得た資金で何かしらの商売を立ち上げ、自分の置かれた境遇を自力で改善している。そして、いまやこの銀行の株の94%は借り手自身が所有している。貧しき者が銀行のオーナーになれるなんてことを、これまで一体誰が真面目に考えただろう? 政府や従来の銀行が成しえなかったことを、一人の経済学者が一企業家として成し遂げたわけだ。Yunus曰く、「ちょっとしたお金で、貧困にあえぐ人々が喜んでもらえるんだ。それを見て僕もうれしいし、貸付業社もお金を返してもらえてうれしい」。世の中が不公平なのは、そのきっかけすらも与えられないまま、食うや食わずの生活から抜け出せないでいる人々が大勢いることだ。どこの国でも、政府はこの現状を打開する原動力となりえていない。 Muhammad Yunusのこのような取り組みは、現在、ソーシャル・ビジネスとして世界各地で展開されている。その進歩と発展には目を見張るものがる。それは時として感動さえを生む。だが逆説的だけど、僕はその“ソーシャル”という言葉に多少なりとも疑心を抱いている。昨今、SRI(Socially Responsible Investment)やCSR(Corporate social responsibility)という言葉を頻繁に耳にするようになった。CSRとは、企業とは社会のStakeholder(利害関係者:消費者、株主、環境、従業員 etc)の全てに責任があるという考え方。つまり、企業は利益第一主義を追求するのではなく、社会の繁栄を追求しようというのがCSRの基本概念だ。僕の疑心とはこうだ。はたしてどれほどの企業が本当にこのCSRというものを真剣に考え、実際に行動を起こしているかということだ。現実はこうだ。企業の多くは、CSRを謳う綺麗なパンフレットを作成し、自分たちがいかにCSRに忠実だということを一生懸命アピールしている。僕にはその全てが、消費者あるいは投資家のエモーションに訴えかけるマーケティング活動の一環にしか見えない。カラー印刷の小奇麗なパンフレットを数千部、あるいは数万部作成するよりも、その費用と時間を他のモノに使いうことはできないのかといつも思ってしまう。本当に企業が真のCSRを追求するのならば、自らの社会貢献活動をPromote(宣伝)するよりも、まずは実際に実行すべきではないのか?実際に社会貢献に少しでも時間とお金を費やすべきではないのか? 話をソーシャル・ビジネスにもどそう。Yunusが主張するようなソーシャル・ビジネスの最大の目的を一言で表すならば、それは社会そのものの繁栄だ。だが、こんにち僕たちが生きるこの社会では、その社会全体の繁栄に決して重きは置かれてはいない。現実はこうだ。先進国社会の発展のために、発展途上国は、無秩序な環境汚染や、自然破壊などの犠牲を被っている。Yunusは、そんな社会の姿をPMB(Profit Maximizing Business)の集合体と表現している。多くの企業群は株主のために利益最大化に奔走している、それがこんにちの社会の姿だという。昨今の金融恐慌の発端は、この行過ぎた資本主義、行き過ぎた利益第一主義がもたらした負の遺産であることは周知の事実。ソビエトが崩壊し、資本主義が世界の標準となってからおよそ20年。我々人類は、今一度、このPMBが前提に成り立つ社会構造を見直す時期に来ているのかもしれない。 さりながら、僕はその資本主義の仕組み自体に異議を唱えているのではない。“できる”ものが“富む”ことを抑制されてしまう世の中から如何にしてInnovationが生まれるというのだろう。ここで一つ日本の例にあげて、このことを考えてみたい。過去一年、日本では多くの非正社員が職を失った。そのことに対し、各種メディアや多くの団体が異を唱えた。相乗が相乗を繰り返し、この非正社員の解雇は社会問題にまで発展した。そのような社会の反発を目にし、国はそのような非正社員を如何にして保護するかの議論に奔走した。だが僕はそのような日本社会の動きに大きな疑問を抱いている。国がもし非正社員の保護のためにお金を使うのならば、それはお金の使い方として正しいとは思えないからだ。経済の低迷が危ぶまれる日本といえど、新技術の開発や、革新的なサービスの創造のためにリスクをとって日々情熱をもって挑戦する人間が多く存在する。そうした可能性を持った人間たちにお金を費やさずして、はたして国家の成長はあり得るのだろうか? 僕は疑問でならない。大前健一氏曰く、「フリーターや、ニート。ダメなやつは、どんなに金をかけてもダメ。そりよりもInnovationにお金をかけなければ国は成長しない」。過激な表現だが、僕は、大前氏の視点が間違っているとは思わない。 とはいえ、「ダメなやつはダメ」で終わってしまっては、技術革新に成功したとしても社会の繁栄がはたして成功するかどうかは疑問がのこる。富む者は、更に富み。富まぬ者は、更に社会の底辺へおいやられる。いずれ貧困は人の精神をもむしばむ。ひいては、それが多くの犯罪につながること目に見えている。それがはたして社会の繁栄と言えるのか? 現実に、こんにち、世界の最も豊かな人々に相当する5000万人の人々(上から1%)が得る収入は、下から57%の30億人以上もの人々が得る収入をも上回っている。これがこの地球の現実。はたしてこれは僕たちが求めている姿なのだろうか? ではどうするか?それを阻止するためには、社会の底辺で生きる人たちにも同様の機会を持てる仕組みが必要だ。実際に、以前こちらにも記したけれども、世界第二の経済大国の日本ですら貧困は無視できない問題だ。この国には、いくら頑張っても貧困の呪縛から逃げることのできない構造的な問題に苦しむ国民が多く存在する。そしてそんな現状を打破するためには、言わずもがな、“できる”者たちが仕組み作りに挑戦しなければならない。その一つの形が、Yunusが先駆者となったマイクロファイナンスなのかもしれない。もちろん、マイクロファイナンス自体が日本で活躍できるとは思わない。だが、“概念”としてそこから学べることは非常に多い。大事なのは個々人の選択の自由が保障されることだ。その先は各自の意志で選べばいい。こんにちの日本の現実は結果の平等を保障するための仕組みづくりが国によりせっせと進められているように思えるが、大切なのは結果ではなく、機会の平等だ。 かつてない恐慌により深刻なダメージを受けているこんにちのworld society。この現象が、企業の利益追求が善とされてきた社会の反動で生まれたとするならば、僕たちは今一度社会の歩み方を再定義する必要がある。企業利益の最大化が重要か?それとも社会の繁栄が重要か? くしくも、ソーシャル・ビジネスの先駆者ともいえるMuhammad・Yunusは、僕たちWharton Class of 2009の卒業式に出席してくれる。資本主義の中枢たるWall Street のファイター達を長年にわたり送り出してきたThe Wharton School。Yunusはそんな僕たちにどんな言葉を投げかけてくれるのだろう。その日、Yunusの言葉がこれから世界へ飛び立つ資本主義の申し子であるWharton MBAの心に届いたならば、きっと未来の資本主義は新たな形を見せるのかもしれない。 卒業式、僕たちWharton Class of 2009 はYunusからきっと大きなmissionを授かることになる。
by ny_since1999
| 2009-03-09 10:21
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人生の日記です。 写真はシルクロードの玄関、西安から・・・。過去:日本を変えるために生まれた会社とともに生きる。現在:University of Pennsylvania The Wharton School 未来:アジア市場に夢を描く。 by NY_since1999 カレンダー
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